推論エンジンとは?最新の研究開発成果を読み解くキーワードを解説

推論エンジン
ENGINEER

なにかと話題の人工知能技術ですが、ときどき「推論エンジン」という言葉を見かけます。

気軽に読み流してしまうと「へ~、コンピュータが推論するんだ」と素直に受け取ってしまいそうになりますが、実はこの「推論」というワード、人工知能研究の世界では実に重大な問題なんです。

推論エンジンについて考えることは、「人間がものを考えるって、どういうことだろう?」という疑問にもつながります。

今回はそんな推論エンジンの世界をご案内します。

そもそも「推論」とは?

推論エンジン

では「推論」とは、一体なんでしょうか?

辞書を引くと、こうあります。

[名](スル)ある事実をもとにして、未知の事柄をおしはかり論じること。
例)「実験の結果から推論する」

「推論とは『推し量り論じること』です」なんて、ちょっと言い換えただけじゃないかという気もしますが、この行為には「入力」と「出力」があります。

  • 入力:ある事実
  • 出力:その事柄をおしはかり論じた結果

用例の「実験の結果から推論する」にもある通り、一般的に推論によって導き出されるのは、ものごとの背後にある法則・関係性・理由・因果関係・摂理・仕組みなど、抽象化された結論です。

また学問的には、推論とは「あるいくつかの命題(前提)から、別の命題(結論)を導くこと」とされています。

代表的な推論として、三段論法がよく知られています。

  • 大前提:すべての人間はいずれ死ぬ
  • 小前提:ソクラテスは人間でさる
  • 結論:ゆえにソクラテスはいずれ死ぬ

これは「演繹的推論(ディダクション)」のひとつ。全体を貫くルールから、個別のケースにおける結論を導き出すものです。逆に、個別のケースから全体を貫くルールを導き出す、「帰納的推論(インダクション)」もあります。

つまり、辞書的な意味にあわせて考えると、「入力=前提」「出力=結論」という図式が読み取れます。

人工知能と言わずとも、一般的なコンピュータで演繹的推論(ディダクション)をさせるのは、難しいことではありません。「Xは1であり、Yは2である。したがってX+Yは3である」といった計算はいとも簡単に処理できます。人間では一生かかってもできないような計算量を、あっという間にこなすことだって可能です。

逆に、人間には当たり前の簡単な推論だけど、機械がこれを代行するのは非常に困難、という推論もあります。それが「仮説形成(アブダクション)」と呼ばれるものです。

推論エンジンとは

いま、人工知能研究の世界で「推論エンジン」といえば、まさにその「仮説形成(アブダクション)」を指しています。

人工知能研究用語を使って表現すると、推論エンジンとは「知識ベースを利用して、ある事象から結論を導き出すための人工知能システム」のことです。

例えば人間は、

  • 「朝起きたら、妻が不機嫌だった」
  • 「話しかけても、まともに返事をしない」

という入力から、

  • 「そういえば昨日、結婚記念日だったのを忘れていた!」

という結論に至ることができます。

しかし機械に「不機嫌とはなにか」「まともな返事とはなにか」のような抽象的なことを教え込むのは困難です。あいまいで定式化しづらい入力に対して適切な解答を導き出すのは、人間にしかできないことでした。

その一方で、昔から人類はそれをコンピュータが代行してくれることを期待してきたのです。昨今のニューラルネットワークブーム以前、つまり第二次人工知能研究ブーム(1980〜1987年)の頃は、実はこの推論エンジンの研究が花形でした。

医師や弁護士、エンジニアなどの専門知識を機械にうつしかえ、知識ベースをもとに推論し結論を導き出す「エキスパートシステム」と呼ばれる構想があります。第二次ブーム当時、このエキスパートシステムの開発にさまざまな挑戦がなされましたが、残念ながら期待した以上の成果を生み出せなかった、という歴史があるのです。

推論エンジンには4つの種類(レベル)がある

推論エンジン

このように「あいまいで定式化しづらい前提から、求められる結論を導き出す」のが一般的な推論ですが、ひとくちに推論と言ってもさまざまな種類があります。

  1. 画像を見て、分類する
  2. 質問に対して、既知の知識をもとに回答する
  3. 既存の知識を組み合わせて、新たな仮説を立てる
  4. 与えられた問題に対して、自発的に知識やモデルを選択し、解を創造する

ここでは4段階のレベルで示しましたが、どれも推論には違いありません。

「1. 」の分類については、ディープラーニング技術の発展によって非常に大きな進歩が見られています。

いまコンピュータの世界でもっとも進んでいるのは「2. 」と言えるかもしれません。検索エンジンはまさにそれです。「推論エンジン とは」と検索したら、たちどころに推論エンジンについて解説しているページを提示してくれます。

しかしこれは、キーワードマッチングによる「解答である可能性が高いページの推薦」のため、「2. 」の推論のあくまで一部分でしかありません。「推論エンジンってなんですか」と質問したら、その場で自分なりの解答を準備して答えてくれる、いわばドラえもんのようなコンピュータが登場するにはまだ時間がかかりそうです。

「3. 」や「4. 」のように、どんな問題に対しても答えられる人工知能を作ることは、どうすればいいのか現段階では到底見当もつきません。

しかし、特定の問題に特化して機械に思考をさせる範囲では、すでに大きなブレイクスルーが生まれています。例えばチェスや将棋でプロの選手に勝利した、いわゆる「特化型AI」と呼ばれるものです。

先ごろ、IBMの開発した人工知能「ワトソン」が人間のディベートのチャンピオンに勝利した、というニュースも流れました。ディベートのレギュレーションを細かく見ていくと、機械が対戦しやすい状態を整えたように思われます。とはいえ、ディベートとして成立する入出力ができたというのは非常に大きな成果と言えるでしょう。

推論エンジンを理解するための3つのキーワード

囲碁や将棋でコンピュータ・プログラムが人間に勝つのは、永遠に不可能だと思われていた時代もありました。そんな頃から比べると、まさに隔世の感があります。

これからの世の中では、「人工知能はどんな仕組みでできていて、そして何ができるのか」というイメージをつかんでおく、いわば「AIリテラシー」が教養として必要になるでしょう。

そこで、推論エンジンといえばまずは押さえておきたい3つの単語をご紹介します。

用語 意味
知識ベース 事実や常識、経験などの知識をコンピューターが解読できる形にしてデータベースにしたもの。「もし〜ならば……」という形式で表現される。オントロジー、RuleML、Semantic Webなどの基礎技術が開発されている。
ファジィ あいまいで定式化しづらい問題は機械にとっては取扱が難しいものだが、ここで数学の世界における「ファジイ理論」の成果が応用されている。
ファジィ論理の真理値は「真の度合い」を意味する。ファジィ論理では、ものごとを0か1かで判定するのではなく、その真理値を「確率」で表現すr。
アナロジー 人間が仮説形成をするときに用いている思考方法が、アナロジーと呼ばれるもの。日本語では「類比」「類推」とも呼ばれる。
固い表現をすると、「特定の事物に基づく情報を、他の特定の事物へ、それらの間の何らかの類似に基づいて適用する認知過程」ということになる。

以下でそれぞれ分かりやすく解説します。

知識ベース

知識ベースとは、一言でいうと「知識のデータベース」です。

エキスパートシステムが求められる業種・職種では複雑な知識を要求されるため、単純で伝統的なアルゴリズムでは適切な解決策を提供できません。また専門家の知識や規則は定式化できないものや矛盾・例外を含むことがあり、これらを包括するような論理体系をコンピュータで再現するのは非常に難しいです。

これがエキスパートシステムが停滞した理由であり、現在の推論エンジン開発で避けられない問題でもあります。

ファジィ

あいまいな問題の表現もまた困難です。ファジィ理論では、人間のあいまいさや主観を「真理値」で表現します。

例えば急いでいるときに目にした信号の色は、意識の中では赤なのか青なのかはっきりしない場合もありますよね。文章でかけば「たぶん青だったと思う」とか「青色に見えた」と表現できますが、このままでは機械は計算できません。

そこでファジィ理論では、「信号の色が青であった真理値が0.9である」という表現をします。これは明確に数式になりますし、ここから計算を進めることも可能になるのです。数学において「あいまい」は非常に明確に定義づけられ、研究も進んでいます。

人工知能研究といえばニューラルネットワークに代表される新たなモデルが注目されがちですが、こうしたさまざまな現代数学界の成果も踏まえて発展しているのです。

アナロジー

例えば、

  • 「りんごに砂糖を加えて煮たら、甘くて美味しいジャムになった」

という知識から、

  • 「みかんに砂糖を加えて煮ても、甘くて美味しいジャムになるかもしれない」

という仮説を立てるような思考の過程をアナロジーといいます。持っている知識を抽象化し、他のものごとと似ている部分に当てはめて考えるのです。

上の例では、「りんごもみかんも果物である」「火を加えると味が変化する」といったような知識が裏で働いています。

あくまで仮説であるのが重要なポイント。

  • 「犬は4足で歩く」
  • 「テーブルは4足である」

だから

  • 「テーブルも歩くかもしれない」

という、事実とは異なる仮説を生み出しかねないのがアナロジーの性質です。

とはいえそこで、逆に「歩くテーブルがあったら便利かもしれない」という発想に至れるのは面白いかもしれませんね。

おまけ:フレーム問題。機械は人間らしい推論をするようになるだろうか?

計算機科学の分野というよりは、認知科学の分野で研究が進められている問題ですが、「フレーム問題」というものがあります。

フレーム問題とは、状況に応じて選択的に知識(ルール)を利用して推論を行うものです。

例えば、

  • 「旅行先で思わぬトラブルがあって、急に今日の宿泊先を変更しなければならない」

なんてことがあったとしても、人間であれば目の前にある課題をうまく読み替え、

  • 「他のホテルや旅館をあたってみる」
  • 「泊めてもらえる友人を探す」
  • 「いっそ車中泊してしまう」

というように、柔軟に対応できます。

しかし人工知能にとって、未知の状況や不完全な知識に対して、人間のようにロバストな推論をするのは困難なテーマです。

例として、将棋やチェスのプログラムにおける難問のひとつに「人間の棋力にあわせて手加減する機能」(いわゆる接待将棋)があります。

高段者はうまく相手の実力の程を見抜いた上で、気持ちよく勝たせてあげるためのすきを見せ、誘導します。この裏には「人は、いきなり弱い手を指してもらって勝ちたいわけではなく、自分の実力を出し切った上で勝ちたい」という、極めて高度な推論が働いているわけです。人工知能がこのような判断ができるかどうかは、ひとつのフレーム問題といえます。

推論の世界は奥が深いもの。人工知能研究者がイノベーションを起こす余地は、まだまだ大いにあるといえるでしょう。

まとめ

ディープラーニングなどの技術の発展により、狭義の推論エンジンの商用化が進んでいます。しかし、推論の世界は思ったより広く、深いものです。

よく考えると、「なぜ人間は、そこまで情熱をかけて機械に推論をさせたいのだろう」という疑問も湧いてきます。そんな疑問もまたひとつの推論的命題です。

「人間こそが元祖推論エンジンなのだ」と言ってしまえば、実はその通りなのかもしれません。そして、それが可能な機械を生み出してしまったら、それはもはや「人間を生み出した」というべきことなのかもしれません。

まだまだ冒険は続きます。

 

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