ユーザー中心設計の”逆”をゆく。スペキュラティブデザインとその次:デザイナー・岩渕正樹さん

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日本でも、デザイン思考が一般的に語られるようになってきました。一方で近年は「問題解決型」のデザインから一歩進み、より挑戦的で未来志向のビジョンを掲げたアプローチの重要性も語られはじめています。

特に、元RCA(ロイヤル・カレッジ・オブ・アート)の教授で、2016年からパーソンズ美術大学で教鞭をとっているダン&レイビーによって提唱された「スペキュラティブデザイン」は、問題解決ではなく「問題を提起するデザイン」として昨今注目を集めています。

今回は、デザイン・アート分野で世界最高峰とうたわれるニューヨークのパーソンズ美術大学で、スペキュラティブデザインをはじめとした最前線のデザイン教育に触れる、デザイナーの岩渕正樹さんにお話を伺いました。なぜ「問題を提起するデザイン」が大切なのか、その中身に迫りたいと思います

「デザインから未来を考える」という新しいアプローチ

岩渕さん

▲岩渕正樹さん

―― ニューヨークのパーソンズ大学へ入学し、スペキュラティブデザインを学ぶまでの経緯を教えてください。

大学時代は東京大学でエンジニアリングを専攻し、ヒューマンインターフェイスの研究をしていました。卒業後はIBMにて、ITおよびデザインコンサルとして10年ほどキャリアをつみました。IBMはもともとユーザー中心設計のデザインに力を入れており、社内にも専門のデザイン部門があります。私はここに配属されていました。IBMでは、全世界で共通の「Enterprise Design Thinking」という手法をまとめており、この手法にのっとって、大企業のクライアントに対しデザインファシリテーションやワークショップ、プロトタイプの作成までをお手伝いしていました。そのため、留学前からユーザー中心設計の分野では「やりきった」と思えるまで現場で実践していました。現在は学生の傍ら、アートリガーという、アート×ブロックチェーンの日本のベンチャー企業のCXOも務めています。

ユーザー中心設計の思想は現代のプロダクト開発に必要不可欠な考え方で、仕事もやりがいのあるものでした。ただ、最近はユーザー中心設計が一般企業にも浸透しはじめた一方で、それが当たり前になった先にあるものを見極める必要があると思っています。そして10年後のトップランナーとして走るため、次に来るデザインアプローチや新しいスキルを、キャリアを積んだ今こそ習得する必要があると考えました。そこで、より先端的なデザインを学ぶために、ニューヨークのパーソンズ大学への留学を決意し、スペキュラティブデザインをはじめとした、ユーザー中心とは異なるデザインの可能性を模索することにました。

スペキュラティブデザインの考えは、建築などの分野では古くからすでに存在しており、問題解決のためのユーザー中心設計とはまた違うアプローチとして、ずっと気になってはいましたね。スペキュラティブデザインの「現代の社会に問題を投げかける「問題提起」に注力するデザイン」という点に興味を持ったのです。

―― 最近は日本でもスペキュラティブデザインということばをちらほら聞くようになりましたが、あまり理解されていない印象があります。スペキュラティブデザインとは、いったい何なのでしょうか?岩渕さんの考えを教えてください。

スペキュラティブデザインは、「未来について考えるきっかけを提供する」ことを目的としています。

「スペキュラティブ」とは日本語で「思索する・推測する」という意味で、「スペキュラティブデザイン」と言うと「(未来)投機的なデザイン」と訳されることが多いです。例えば資本主義のような現代社会の現実とは別の、オルタナティブな未来の世界観を提示し、人々により良い未来を考えさせるのがスペキュラティブデザインです。

さまざまなものが充足している現代は、高度経済成長期とは異なり未来への夢がなくなりはじめている時代です。手の届く目標レベルの夢ではなく、本当の意味で「人類が今後目指すべき未来とはなんなのか?」という問いを提起する。そのために、いま目の前にある製品のためにデザインをするのではなく、「こんな世界でこんなものが使われたらどうなるのか?」という、今までとは異なる世界観を想起させるデザイン。それが、スペキュラティブデザインを含めた「クリティカルデザイン」と呼ばれている分野です。

手に取れるタンジブルな(実体を持った)プロダクトとして、実際に手に触れたり、体験してもらうことで、ありえる未来に関するリアリティのある議論を創発できるのです。

―― 未来志向的な考え方なんですね。

ちなみに必ずしもユートピアである必要ではなく、ディストピア的な「ダーク・デザイン」と行ったアプローチも許容されています。

スペキュラティブデザインと、その次

―― 現在のユーザー中心のデザインに限界が見出されるからこそ、スペキュラティブデザインも含めた21世紀型の新しいデザインのあり方が提起されていると思うのですが、岩渕さんが考える「ユーザー中心設計の限界」とはなんでしょうか?

ユーザー中心設計そのものは、今後も主流であり続けるとは思います。ユーザー中心設計はインクリメンタル(Incremental:増加する、の意)なアプローチと言われていますね。生活の中で「ユーザーが何に困っていて、何を求めているのか」という、いま現在の文脈の中から課題を発見し、それを解決する……という、一歩ずつ階段を登っていくようなアプローチです。

一方で、スペキュラティブデザインのように新しいクリティカルなデザインは、ポスト資本主義の世界、シンギュラリティ後の世界といった「現在の常識とは全く異なる世界/イマジナリーの世界」を想起させ、そこから「では今どう生きればいいのか?」と現実に問いを投げかけるアプローチです。

このように、どちらがいいとか悪いではなく、そもそものアプローチが異なっています。いますぐに役立つものには、ユーザー中心設計が向いています。スペキュラティブデザインをはじめとしたクリティカルデザインは、商業的な面ですぐに成功を収めるとは限らないので、良くも悪くもアートととらえられてしまうことも。

ただ、ベンチャーやスタートアップの企業は、「全く新しいサービスでイノベーションを起こし、こんな世界にしたい」というラディカルな世界観を原動力としていることが多いですよね。このアプローチは、とてもスペキュラティブデザインの考え方に近いと思います。

―― スペキュラティブデザインに課題や問題はありますか?

スペキュラティブデザインの問題点として、遠い理想像を掲げるあまり、現実の世界とかけ離れてしまうケースがあります。アウトプット先がMoMAなどの美術館での展示などに限られてしまい、美術館に足を運ぶ一部の層だけに語りかけるデザインでは、「今、どうすべきなのか?」という現実のニーズに答えられません。

―― スペキュラティブデザインという言葉はもうあまり使われなくなっている、と聞きました。

一時期、何でもかんでもスペキュラティブデザインと表現するデザイナーが増え、言葉だけが一人歩きしてしまった時期がありました。スペキュラティブデザインの提唱者の一人であるアンソニー・ダン自身は、「さまざまな使われ方や変化形があるのは好ましい」とは言っているのですが、こうした経緯もあって、彼自身も最近はスペキュラティブデザインという言葉をあまり使用しなくなりました。

いまでは広義に「クリティカルデザイン」と呼ぶことが多いですね。現代社会の問題を暴いたり、「今の世界とは異なる世界観もあるのでは?」と問いかけるのがクリティカルデザインです。

―― ダン&レイビーが現在唱えている新しい理論はあるのですか?

ダン&レイビーが最近説いているのは「Designed Realities」です。

彼はプロダクトデザイン出身なので、もともとはインダストリアルデザイナーやインタラクションデザイナーと組んで、プロダクトという形でのアウトプットが中心でした。一方で、パーソンズはソーシャルリサーチなどの人文学分野でもトップクラスの大学です。このため彼も現在は、人類学者や哲学者、歴史学者などとともに、タンジブルなオブジェクトではなく、より抽象的なレイヤーで21世紀の新しい哲学や人類学の可視化に取り組んでいます。最近はイデオロギーのデザイン、哲学×デザインなどにも取り組んでいるようです。

「アンチ・ユーザー中心設計」で、クリティカルなデザインを提案する

―― スペキュラティブデザイン、クリティカルデザインの具体例を教えてください。

スペキュラティブデザインに関しては、日本ではスプツニ子!さんが有名ですね。「現実にはまだないけれど、こういう未来もあるよね」という新たなシナリオを想起させる作品が多いです。

他に僕が好きなのは、James Augerの『After Life』。

人が死んだ後に棺桶に入ると、中で人体が分解され、電池になる、という作品です。「死後はお墓に入っておしまい」ではなく、「自分が死後にエネルギーになる」という、異なる未来のシナリオを、科学技術的にも実現可能な方法で表現しています。つい先日、パーソンズパリ校で課外授業があったのですが、パリで教鞭をとっている彼と話をすることができ、感激しました。

他の例では、木に自分の遺伝子を注入して、死後も木として世界に残り続けるという世界観を表現した作品などがありますね。死やタブーなど、今までデザインの世界ではあまり使われてこなかった概念に踏み込むことで、我々の視野は広がっていくと思います。

―― 岩渕さんご自身の制作事例についても教えてください。

私は今期、『呼吸する椅子』という作品を作りました。

現在、論文にして国際学会に投稿中です。

「平均的なオフィスワーカーは1日13時間椅子に座っている」というデータがあります。しかし1日11時間以上椅子に座り続けていると、身体への悪い影響が考えられます。身体に負担のないようデザインされたハーマンミラーのアーロンチェアや、Apple Watchのエクササイズを促すリマインダーなど、ユーザーをどう快適に過ごさせるか、どう自然な形で運動させるかを考えるのが、ユーザー中心設計の主流のデザインアプローチです。

私が試したかったのはそこではなく、「アンチ・ユーザー中心設計」をテーマにした、「オブジェクト中心設計」という考え方です。モノが人をデザインする、という考え方ですね。長く座っていると、徐々に椅子が膨らんできて、立つしかなくなってしまう。人間に判断を任せるのではなく、「生きている椅子」というモノによって人が正しく導かれるという考え方です。

ユーザー中心設計のアプローチでは、ユーザーのリサーチで課題を発見できたとしても、「そこからどうクリエイティブなソリューションアイデアを生み出せるか」という部分では、個々人のクリエイティビティが鍵になります。クリティカルな考え方に揉まれることで、今後のアイデア出しに役立つ「世界を見るレンズ」が増えたように感じます。

―― クリティカルデザインの役割ついて、もう少し説明いただけますか?

ユーザー中心設計の考え方がなくなることは、今後もないとは思います。ただ、ユーザー中心の考え方だけではもうこれ以上イノベーティブなアイデアが浮かばないという状態がいずれ来るのではないかとも考えています。IBM時代もさまざまなクライアントとワークショップを行いましたが、誰でも思いつくような画一的な世界観や、どこかで見たことのあるソリューションになってしまったり、出てくるアイデアはどのクライアントとやっても似たり寄ったりなことも多かったです。

違った切り口で考えてアイデアを生み出すためのヒントのひとつが、クリティカルデザインの考え方だと思っています。例えば「AI中心だったら?」「オブジェクト中心だったら?」といった、中心に据える概念の切り口を変えることで、我々が当然のように信じきっている、「人間中心」という概念自体をクリティカルに捉える考え方が養えるでしょう。

ニューヨークで挑戦する、これからのデザイン

岩渕さん2

―― ニューヨークで学ぶからこその醍醐味や、ニューヨークに来てからの価値観の変化はありますか?

パーソンズは非常にリベラルな学校で、興味があればどんな授業をとってもよいとされています。興味があればジャズ音楽のクラスから人類学などのソーシャルリサーチのクラスまで履修でき、自由に興味の幅を広げられます。

ニューヨークは人種が多彩な多様性のある環境なので、この自由さは重要です。日本の学校で日本人ばかりに囲まれて生活していると、どうしても発想も日本人的なものになってしまいます。しかしニューヨークにはさまざまな国の人がいるので、「私の国ではこういう受け取り方をする〜」など多様な意見が聞けます。世界観を広げるのには良い環境ですね。

―― 今後、岩渕さんが挑戦したいことを教えてください。

人間じゃないものが中心となった世界観でのデザインアプローチを考えぬきたいです。例えば「資本主義ではなく、物々交換の世界に戻ったらどうなるのか?」といったイマジナリーな世界に思いを馳せつつ、これまでスペキュラティブデザインの課題とされてきた、現実の世界にも戻ってこれるようなアプローチを模索したいです。

―― 最後に大きな質問ですが、スペキュラティブデザインをはじめとしたクリティカルデザインを学ぶことで何が可能になり、世の中にどのようなインパクトを与えられるのですか?

アイデアの引き出しを増やせるほか、考えのタイムスパン(例えば30年後を見据えたデザインなど)に関して、従来とは異なるレンズが身につくと思っています。ユーザー中心設計がデザイナーの基本的なスキルになった先に、より先を見通し、普通の人では思いつかないアイデアを考え出せる力が、今後必要になってくるでしょう。

個人的な究極の野望としては、社会規模、惑星規模の調和を見据えた、22世紀の人類のためのデザインをしたいと考えています。

―― ありがとうございました!

岩渕正樹さん

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