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みなさんは、「ナッジ理論」をご存知でしょうか?
「ナッジ理論」は、近年アメリカで生まれた行動経済学の新しい理論です。アメリカ生まれの会員制倉庫店「コストコ」などでも利用されています。
ナッジ理論とは、具体的にどのような理論なのでしょうか? 今回はナッジ理論を説明し、その具体例をご紹介します。
それではまず、ナッジ理論と、それの元となる行動経済学についてご紹介します。
ナッジ理論は「小さなきっかけを与えて、人々の行動を変える戦略」です。行動経済学で用いられる理論のひとつとして扱われます。ちなみに、「ナッジ(nudge)』とは直訳すると「ヒジでちょんと突く」という意味です。
ナッジ理論は、2017年に理論の提唱者である行動経済学者リチャード・セイラー教授がノーベル経済学賞を受賞したことで、アメリカの企業を中心に世界的に広まってきていました。現在では、多くの企業のマーケティング戦略で利用されるほか、イギリスやアメリカを中心に、日本の公共政策でも使われています。
ささやかなきっかけを与えることで、人々の行動をガラッと変えてしまうことから、「現代の魔法」とも言われています。日本では過去にドキュメンタリー番組が放送され、多くの反響がありました。
まずは、ナッジ理論のベースにある行動経済学について、簡単にご説明します。
行動経済学とは、「心理学を応用し、人間は情報や感情に流されて動くという点を読み解く」、新しい学問です。
行動経済学では、人間がかならずしも合理的には行動しないことに着目。人間行動を観察することで、従来の経済学では示せなかった現象や経済行動の原理を説明しようとします。人が判断して行動を起こす際の直感と感情を重視し、さらにそのメカニズムを明らかにする学問ともいえるでしょう。心理学とも関連づけられています。
たとえば、以下のような例が挙げられます。
お財布事情の厳しいサラリーマンがうなぎ屋さんにいってメニュー表を開いたとします。そこには、「松1500円」「竹2500円」「梅3500円」のうな重メニューの記載がありました。
お金がない状況なら、通常は1番安い1500円の松を食べようかな……と思うかもしれません。しかし、5割以上が真ん中の2500円の竹を選ぶのです!
なぜ、人は2500円の竹を選ぶのでしょうか?
価格が分かれている場合、人は「安い商品よりは、高い商品の方が品質は良いはず」という思い込みが働きます。ただし最も高い商品に対しては、「一番高いモノは贅沢な気がするし、失敗した場合損失が大きいかも」という心理が働いて、回避する傾向にあります。
一番安い商品に対しては、「一番安い商品を選ぶと、貧乏やケチだと思われないかな?」という、世間体を気にしたり見栄の心理が働くともいわれます。そのため、選択肢が3つあった場合には、真ん中を選ぶ傾向にあるのです。
このような、あまり合理的とはいえない一連の行動や人間の判断を解明するのが行動経済学です。人の心を誘導する点から、マーケティングや広告などでも応用が効きそうですね。
ナッジ理論には、いくつかのフレームワークが存在します。今回は代表的なフレームワークをご紹介しましょう。
まずご紹介するのは、イギリス政府がナッジ理論を活用するなかで、とくに効果的だった施策のポイントを4つにまとめた「EAST」というフレームワークです。
「EAST」は、ナッジ理論で重要な要素の頭文字をとって名付けられたもの。ナッジ理論の基本がつまったフレームワークといえます。
- Easy(簡単/簡潔):シンプルなメッセージで伝え、かかる面倒や手間はできるだけ少なく設計する
(例:アンケートで選ばせたい項目をデフォルトに設定しておく)- Attractive(魅力的/印象的):魅力的で印象に残る特典を用意する
(例:成果を出した社員を表彰する)- Social(社会性):「みんな同じことをしている」という社会規範を示す
(例:人数宣言を設けて、わざと行列を作る)- Timely(タイムリー/タイミング):適切なタイミングに情報を提供する
(例:出産前後に生命保険を勧める)
「NUDGES」とは、ナッジ理論の提唱者であるセイラー教授とサンスティーン教授が2008年に提唱したフレームワークのこと。こちらも一文字を除き、重要なポイントの頭文字をとって名付けられました。
- iNcentive (インセンティブ):お金だけでなく、あらゆる角度からユーザーにインセンティブを与える
(例:たくさん買い物をすると会員ステータスが上がる)- Understand mappings(マッピングを理解する):選択肢とその結果との関係を正しく理解できるようにする
(例:電気代の請求書に、自分の使用量と平均的な使用量を比較するグラフを表示する)- Defaults(デフォルト):何も選択しなかった場合に、自動的に適用される選択肢を意識する
(例:配送方法の初期設定を「置き配」にする)- Give feedback(フィードバックを与える):選択した行動やその結果に対してフィードバックを与える
(例:エコドライブを促進するために、車のダッシュボードに燃費やCO2排出量などのフィードバックを表示する)- Expect error(エラーを予測する):誤った選択や行動をしやすい状況や条件を防止、緩和する
(例:飛行機のパイロットが着陸時に誤った滑走路に進入しないよう、滑走路の番号や色などを明確に表示する)- Structure complex choices(複雑な選択肢を構造化する):多くの選択肢や情報を分類、整理する
(例:投資商品の複雑な選択肢を、リスクやリターンなどの基準でグループ化する)
「MINDSCAPE」は「EAST」と同じくイギリス政府が考案したフレームワークです。扱う項目は9つと多く、「EAST」と「NUDGES」を組み合わせたようなフレームワークといえます。
- Messengers(伝達者):情報の発信者によって、情報の影響力や信頼性は変わる
(例:首相が被災地支援のメッセージを出す)- Incentives(インセンティブ):お金だけでなく、あらゆる角度からユーザーにインセンティブを与える
(例:たくさん買い物をすると会員ステータスが上がる)- Norms(規範):「みんな同じことをしている」という社会規範を示す
(例:人数宣言を設けて、わざと行列を作る)- Defaults(デフォルト):何も選択しなかった場合に、自動的に適用される選択肢を意識する
(例:配送方法の初期設定を「置き配」にする)- Salience(顕著性):目立つものや関連性の高いものに注意を向ける
(例:重要な情報に蛍光マーカーで下線を引く)- Priming(プライミング):潜在的な情報に影響を受ける
(例:繰り返し流れているCMで見かけた商品を手に取る)- Affect(感情):感情を動かす要素に惹かれる
(例:悲惨な現状を発信して支援を依頼する)- Commitments(コミットメント):人は自分が約束したことや公言したことを実行しようとする
(例:ダイエット計画を提出させる)- Ego(自我):自分に都合が良い、あるいは心地よいことを行う
(例:一番楽しそうな雰囲気の英会話教室を選ぶ)
3つのフレームワークはナッジ理論の理解と実践に役立ちますが、フレームワークをなんとなく実行するだけでは十分な効果が得られないとされます。
実際、環境庁の日本版ナッジ・ユニット「BEST 」によれば、フレームワーク活用の注意点は以下のようにまとめられています。
- フレームワークごとに作られた背景・目的が異なる。きちんと理解しないで使うと、十分な効果が得られない
- フレームワークを使わなければならないわけではない(ただし適切に使えば、説明責任・透明性の担保の上でも有用)
- フロー図を作って満足するのは厳禁。実践し常に改善することが重要
- フレームワークの各要素は効果的なナッジでよく見られる共通点を抽出したもの。それを満たせば即ナッジとなるのではなく、満たさないとナッジにならないわけでもない
(参考:環境省)
まとめると、フレームワークはただ使うだけでなく、きちんと内容を理解したうえで、実践を行うなかで改善を続けていく必要がありそうです。
さらに理解が深まるよう、日本国内でナッジ理論を活用したさまざまな具体例を3つ見ていきましょう。
放置自転車で悩んでいた雑居ビルのオーナーが「ここは自転車捨て場です。ご自由にお持ちください」という内容の張り紙を、自転車のハンドルの高さの位置に貼りました。その結果、ビル内に自転車が放置されなくなりました。
少し皮肉った内容ですが、「自転車を放置させない」という選択をさせるために有効なナッジ理論だったといえます。
2013年におこなわれたサッカー・ワールドカップ日本代表戦による影響で、JR渋谷駅前にサッカーファンが殺到し、駅前のスクランブル交差点が大混雑しました。
しかし、警視庁の男性隊員の「皆さんは12番目の選手。日本代表のようなチームワークでゆっくり進んでください」というユーモア溢れるスピーチによって、混雑は緩和されました。逮捕者、けが人が出ることなく、大きなトラブルは起きませんでした。
民衆の良心にさりげなく訴え、人々の自主性に委ねたスピーチはまさしくナッジ理論です。
高知県高知市では、がん検診の受診率を上げるために、他人の受診率を開示する施策を行いました。
具体的には「過去10年の受診率」「あなたと似た人の受診者数」「居住地域で受診している人の割合」をパンフレットに盛り込み、受診率を改善しました。
人々の「規範」「社会性」に訴えかけた、ナッジ理論の活用例と言えるでしょう。
なお、日本では厚労省が「がん検診受診率を上げる取り組み」として全国の自治体にナッジ理論の活用を推奨しており、こちらのリンクから他にもさまざまな事例を知ることができます。
経費削減をしていたアムステルダムのスキポール空港は、汚物で汚れた男子トイレの床の清掃費が高く困っていました。
そこで、小便器に1匹のハエを描きました。その結果、トイレの床を汚す人が少なくなり、清掃費は8割減りました。
これは「人は的があると、そこに狙いを定める」という分析結果に基づいて、小便器を正確に利用させたナッジ理論です。この話はナッジ理論の最も有名な成功例といわれています。
シカゴの学校では、生徒たちが野菜など身体に良いものを食べないと問題視されていました。
そこで、「利用者が取りやすい位置に健康によい食べ物を置くことで、無意識に健康によい食べ物を取るようにする手法」を実践しました。結果、健康食品を選ぶ人の割合が以前に比べて35%増えました。
サラダの存在を意識させ、健康食品を選択させる手法は、まさに行動経済学に基づいた王道のナッジ理論です。
環境問題に取り組むイギリスのNPO団体「Hubbub」は、ロンドンのタバコのポイ捨て問題に対し、何か対策がないか考えていました。そこで考案されたのが「タバコの吸殻で投票するアンケートボックス」です。
たとえば「現在、世界最高のプレイヤーと言ったら?」という質問です。言わずとしれた世界を代表するトップ選手、クリスティアーノ・ロナウドとリオネル・メッシが対象になりました。サッカー好きのロンドン市民らしい質問です。
その他にも、「どっちが最高のジェダイマスターか?」というスターウォーズに関する質問や、「次のアメリカ大統領はどっち?」というアメリカ大統領選に関する質問など、バリエーションは豊富です。
もともと価値がないものにちょっとした工夫で価値を提供したアイデアはナッジ理論の成功パターンです。最近では、ゲーミニフィケーションとも言われる施策でしょう。イギリス以外の欧州でも増えてきているそうです。
イギリス政府の中で納税率のが低さが問題視されていました。
そこでイギリス政府は、税金滞納者に対して「あなたの住む地域のほとんどの人は期限内に納税しています」という趣旨の手紙を送るようにしました。滞納者は強い社会的圧力を感じるようになり、結果として納税率は68%から83%に増加しました。
このように、公共政策にもナッジ理論は利用されています。
その他にも、『車のスピードオーバーを抑制するため、人間の目が入ったデザインのポスターを設置したら約10kmほど速度が下がった』や「店舗のシャッターに子供や赤ちゃんの絵を描くことで軽犯罪や迷惑行為が約2割減少した」など海外では多くの事例があります。
ここまで、人々の為になるナッジ理論を紹介してきましたが、世の中には悪用されたナッジ理論もあります。マーケターが悪用事例を知っておくことで、意図せずナッジ理論を悪用してしまうというリスクを避けられます。ぜひおさえておきましょう。
以前、あるプロスポーツチームが優勝し、オーナー企業の運営するECサイトでセールが行われました。そこでは、通常の販売価格を不当に高く設定されており、セール時の価格が安くお買い得かのように見せかけることが行われました。
これに対して消費者庁は不当な「二重価格表示」として当該サイトに警告を出しました。
これは、最初に提示した価格や情報が、消費者の購買判断の基準に大きな影響を及ぼす傾向を利用したナッジ理論の悪質な例です。
有用なナッジ理論は、人々や社会をより豊かで幸福な方向に導く力をもっています。小さなアイデアが大きな効果を生み出すこともあるので、ナッジ理論を有効活用していきましょう!
(執筆:ばち 編集:Workship MAGAZINE編集部)
マーケティングに欠かせない禁断の行動経済学 7理論。“おとり効果”で人は高い商品を選んでしまう?
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