「大事なのは『ミューズ』を味方につけること」カルチャーを強みに変え、heyの世界観をデザインするまで - 松本隆応

お店のキャッシュレスシステム『Coiney』や、簡単にネットショップを立ち上げられるサービス『STORES.jp』を擁する気鋭の企業、hey。そのCIデザイナーとして、組織の理念や価値観を表すデザインを手がけているのが、松本隆応さんです。自身のnote記事「heyインサイドストーリー 〜heyのCIデザインプロセス全記録〜」では独自のデザイン哲学を展開し、大きな反響を得ています。

一方で、「どこからそんな発想力が身についたのか?」「どうすればデザイナーとしてそこまでキャリアを広げられるのか?」といった疑問も浮かんできます。 今回は多くのデザイナーから注目を集める松本さんに、デザイナーとしてのキャリアの広げ方について伺ってみました。

「いつか大人のための絵本屋さんをやりたい」とも語る松本さんからは、本質的なデザインとは何かを深掘りする姿勢が見られました。

松本隆応
松本隆応

1985年宮崎県生まれ。ヘイ株式会社/コイニー株式会社 リードデザイナー。「あたらしいスタンダード」のデザインをつくるということをビジョンに、UX/UIデザインからグラフィック、Web、コーディングに至るまで幅広く手がけ、一気通貫したコミュニケーションづくりを行っている。コイニー株式会社とストアーズ・ドット・ジェーピー株式会社との経営統合により生まれた、ヘイ株式会社のCI(コーポレート・アイデンティティ)デザインを手がける。

デザインは「壊れているものを直す感覚」に近い。デザイナーの道へ進んだきっかけ

――松本さんがデザイナーを志した経緯や、ここまでの来歴を教えていただけますか。

松本:
子供の頃から絵を描くことが好きだったのもありますけど、僕のデザイナー人生の起点となるものはたぶん2つあって。

ひとつは子供のころ、壊れた家電などを分解・修理することが好きだったことですね。大抵はそのまま壊しちゃうんですけど、どうにか試行錯誤してると、たまに直せるときがあって。その瞬間が特に嬉しかったんです。

それがどう現在につながっているかと言うと、デザインという技術は「壊れているものを直すこと」に近いと思っていて。課題があったら解決策を考えたり、可視化・言語化できないことを形にしたりするのがデザインなんです。どうやって修理するかのプロセスを考えるのが楽しかった子供時代の体験を、いまでも続けている感覚に近いですね。

もうひとつのきっかけは高校3年生の、夏休み最後の日ですね。ふと、自分だけ進路が決まっていないことに気づいて。周りは続々と進路を決めているのに、「俺、何も考えてなかったな、まずい、これからどうなっちゃうんだろう……」って。呆然としました(笑)。

それから、いまの成績で進学できる学校だとこのくらいだよ、と先生から選択を迫られて、とにかく時間も無くって、その中から選んだのがデザインの専門学校でした。

そんな子供時代の体験と、高校3年生のときに偶然訪れたきっかけから、デザインの道に進みました。

早押しクイズではなく、課題の本質を深掘りして考える習慣を

――それから専門学校に通い、社会人になるまで、デザインを仕事にしていくために意識していたことはありますか。

松本:
一言で言うと、お題に対していきなり答えを考えるのではなく、お題の前提・背景にまで目を向けることでしょうか。いまでも課題に対して、「何を(What)」と「どうやって(How)」は切り分けて考えるようにしています。

よくあるミスとして、出されたお題(What)をそのまま一つの軸としてとらえ、それを起点に解決策(How)をいきなり考えてしまうことがあるんですけど、それでは本質的な課題解決ではなく、早押しクイズになってしまうと思うんです。

Whatの背景、つまり課題の本質を意識することで、意外性の高いHowのアイデアも出せるし、デザインの力が100%生かせると思っています。

――あくまで課題の解決にコミットする……とても「デザイナー的な技術」と言いますか、学生時代からそのような視点が身についていたのはすごいことですね。何がきっかけでそういったスキルが身についたのでしょうか?

松本:
デザインの専門学校に入って一番最初の講義で、先生とすごく衝突したことがきっかけです。

ある課題に対して自分が出したものをコテンパンにされて、最初はすごく腹が立ったんです。「あいつの言ってることは間違ってる、俺が正しい!」って(笑)。「……でもまあ、ちょっと待て」と。デザイン案を提出するときには、課題の背景までよく噛み砕いて、そこに対するアプローチだと主張できればもっと説得力が出るな、と気づいたんです。

――ほかに、積極的にしていた行動でいまに繋がっていることはありますか。

松本:
常に締め切り一週間前には課題を完成させることです
。なんでも前倒しにして完成しておくことで、残りの一週間でさらに遊んだアイデアをプラスしたり、ブラッシュアップできるので、自分としても満足感のあるクオリティで提出できるんです。子供時代から、夏休みの宿題は初日に一気に終わらせて、あとは思い切り遊ぶタイプでしたね。

――わかっていてもなかなか習慣にするのが難しいところもあると思いますが、習慣化できるコツがあれば教えていただけますか。

松本:
7割くらいで「いったん完成!」ということにして、誰かにフィードバックをもらうことですね。
途中段階で軌道修正できるのでおすすめですよ。完璧に仕上げたつもりで提出したあとにすべてをひっくり返されるより、モチベーションを保ちやすいと思います。

「デザインの前段階」からデザインしたい。それがCIデザインという仕事だった

――「デザイナー」という同じ職種の中でも、前職では広告の制作を手がけられていたと聞きました。いまではCI(コーポレート・アイデンティティ)やブランディングといった、メインの領域が大きく違う立ち位置にいらっしゃいますが、転職時にはどんな思いがあったのでしょうか。

松本:
実は、「キャリアを変えたい」とか「ステップアップしよう」という思いがあって領域を変えた訳ではないんです。

デザインをより良く生かすにはどうすればいいか深掘りしていった結果、いまのキャリアにたどり着いた感じです。昔はいわゆるビジュアルデザインをメインに手がけてきましたが、それだけだと、課題への関わり方が「点」で終わってしまうなと。デザインのもっと前段階に関わることで、より本質的な「面」のデザインをしたいと思ったんです。

またデザイナーがどんなにいいアウトプットを出しても、それを使う組織の文化ができていないとデザインが生殺しになってしまいます。デザインをちゃんと使える文化を作るには、経営者と同じ目線で組織づくりをしつつ、具体的なビジュアルとかインターフェース、CIに落とし込んでいくべきだと気づいたんです。

そんな流れで、組織や事業におけるビジョンを形にする過程に関わる必要があるな……と思っていたら、自然といまのキャリアになっていました。

――実際に役割が大きく変わったことで気づいたご自身の変化や、組織への影響はありましたか。

松本:
大きく自分が生まれ変わったというよりは、前よりも視座が高くなったことで、ものごとを俯瞰できるようになったと感じています。事業全体の中でデザインというものをどう位置付けるか、という視点になりましたね。受託会社と事業会社の違いなのかもしれませんが、課題解決や会社のビジョンの具現化はデザイナーだけの役割ではなくて、チームでやるものだと認識しました。

自分がデザインしたインターフェースやWebサイトはサービスや組織の一部のデザインでしかなくて、実際にそれを動かしていく中で発生する問題は、デザインだけでなく他のアプローチで解決しなければいけないんです。そこで、エンジニアやカスタマーサポート、営業など他の部署のメンバーも巻き込んで、毎週金曜に「サポート会」という定例会を開くことになりました。

これは、「CSとか営業の方でこんな声があがっている」とか「いまどんなことで困っている」といった課題をシェアして、その解決策をその場で決める時間です。これを始めたおかげで、サービスや組織の課題を客観的に考えられるようになりました。

音楽、映画、絵本。吸収してきたあらゆるカルチャーが糧になる

――これから挑戦してみたいことや、野望はありますか。

松本:
お金にはなるかはわからないけど、いつか「社会的に大事なこと」のデザインに関わりたいです。具体的に言うと、「大人のための絵本屋さん」をやりたくて。

――「社会的に大事なこと」のデザインと「大人のための絵本屋さん」……どういうことでしょうか。

松本:
絵本には、イラストやコピーライティングだったり、グラフィックデザインにエディトリアルデザインだったり、あらゆるデザインに必要なエッセンスがめちゃくちゃコンパクトに詰め込まれてるんですよ。さらに、大人でも学びになるような「人生においてすごく大事なこと」を、子供にもちゃんと伝えられるように、少ない要素で分かりやすくデザインされているんです。

つまり、絵本一冊で大人だって重要なことを学べるから、忙しいビジネスマンにもためになると思うんです。だから「大人のための絵本屋さん」が、大手町みたいなビジネス街のど真ん中にあったらいいなと思います(笑)。

――松本さんのように、「デザイン」など仕事のベースになるスキルは活かしながらも、キャパシティを広げて、組織で違った役割を担うことに興味がある方は多いと思います。そんな方々対して、アドバイスや伝えたい心構えはありますか。

松本:
「ミューズ」を味方につけること
、ですね。

――ミューズ……!? と言いますと……?

松本:
ギリシャ神話に出てくる、音楽・文芸・芸術の神です。つまり、デザインのキャパシティを広げるためにはデザイン以外のこともやったほうがいいと思ってます。要は音楽とか映画とか、一見関係ない分野と思われる文化のインプットを増やすことで、本業のデザイン分野において、より意外性の高いアウトプットができるようになって、周りも納得感が出やすいと思うんです。

例えば、僕は昔から音楽が大好きで。高校時代は2時間ほどかけて通学していたのですが、その最中ずっと音楽を聞いていました。その経験がいまのデザインにも影響している実感があります。具体的に言うと、単体で聴くと退屈な曲でも、アルバムで通して聴くと前後の展開からもその曲の意味合いが変わって、魅力的に感じたりするんです。

これってつまり、アルバム全体がデザインになっていると言えますよね。これはエディトリアルデザインの考え方に近いと思っていて。ひとつのデザイン要素であっても、前後の構成や編集によってとても映えるという感覚を、僕は音楽から学びました。

似たようなことは文章やコピーを書く際にも言えるのでは、と思っています。心地いい文章を書く人ってリズム感のいい人だったりするんですよね。名作と呼ばれる絵本も、語感が良くてスラスラ読みやすいものが多いんです。

そういう遊びの要素と言うか、自分のキャパシティを広げられるアクションは案外日常の中でも積み重ねられると思いますし、僕もそんな影響を受けて、ここまできました。

――あらゆるカルチャーから影響を受け、発想の幅を広げておくことが、結果として新鮮なデザインやアイデアの元となるのですね。松本さんのように、自分の好きなカルチャーから吸収した要素が、その人らしいデザインやキャリアの展開に繋がっていくのかもしれませんね。

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