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菊池良が見た、ハイパーノマドワーカー #02 – 特殊メイクをする男【フェイク・ノンフィクション】

特殊メイクをする男
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目の前でジュリーこと沢田研二が『TOKIO』を熱唱していた。しかし、ここはさいたまスーパーアリーナではなく、雑司が谷カラオケボックスで、歌っているのはジュリーではなく、ノマドワーカーの田中さん(仮)だった。

田中さんは毎日特殊メイクで別人に成り代わってノマドワークをしているのだった。

「ある大物役者が言っていたんですよ。複数の人生を演じられる役者が楽しくって仕方ないって」

ドリンクバーから取ってきたメロンソーダを飲みながら田中さんはそう言う。右手には電子タバコを握っていた。田中さんが一服するのを待ってから私は聞いた。

「大物役者とは、誰ですか」

田中さんは眉をしかめ、もう一度電子タバコを吸い、ゆっくりと吐き出したあとに言った。

「それは忘れたけど」

カラオケボックスに緊張感が走った。ジュリーの顔で言われると、年長者に説教された気分になるが、実際の田中さんは29歳なのだ。素顔がうつっている写真を見せてもらったが、普段の顔はX JAPANYOSHIKIによく似ていた。

特殊メイクをする男

田中さんは朝起きると、鏡の前に座り、誰になるのかを考えるという。この日、ジュリーにしたのは「ニュースで見たから」。

そして街に繰り出し、スターバックスで仕事をするのだ。別人になって働くのは「毎日新鮮な気持ちで仕事ができる」という。

有名人のふりをしていて、街なかで声をかけられたときは、にこやかに写真撮影などに応じるとのこと。「本人のイメージを下げると悪いから」。

毎日誰かに成り代わることで、気分は一新され、以前よりも仕事の効率はとてもあがったそうだ。

はたして特殊メイクにそんな効果はあるのか? この裏付けを取るために、私はカリフォルニアに飛び、心理学の権威であるスティーブン・ホイ博士(仮名)に聞いた。

博士は私を研究室に快く迎え入れてくれた。私がずばり質問すると、博士は頬っぺたを右手でさわり、しばし思案する。「Ummm……」という声が漏れる。間違いがないよう、どう答えるかを慎重に考えているようだった。そうして少なくない時間が流れたあと、博士はゆっくりと口を開いた。

「さっぱりわからない」

その後は私が英語があまりできないということもあって、会話はちっとも盛り上がらず、私は逃げるようにして日本へ帰った。

話をインタビュー当日に戻す。カラオケボックスで一通り質問をし終わったあと、「今日はありがとうございました」とお礼を言った。

すると、田中さんは「ちょっとトイレに行ってきます」と席を立ち上がったのだ。これは私が会計を済ましたら出てくるということだろうか。もちろん、私は最初から払う気だったが、この行動にはちょっと面を食らった。私はまぁ、いいかと思って伝票を持って先にレジに向かった。

「お待たせしました」

戻ってきた田中さんに、私はさらに面食らった。機関車トーマスになっていたからだ。「帰るときはこうしているんです」。なるほど、トーマスの気分になって帰るということか。

「会社を辞めてレールから外れちゃったんで、こういうときぐらいは、ね」

そう言う田中さんは森本レオの声真似をしていたので、「それは違うだろ」と思った。

その後、田中さんにこの記事の確認をしてもらおうとメールすると、「実はもう特殊メイクはやめたんです」と打ち明けられた。理由は手間がかかるからだそうだ。

やめてしまわれると、この記事は何の意味もなくなるのだが、そういう男もいたのだ、という記録として残しておく。

 

世の中にはさまざまな働き方がある。この連載ではハイパーメディアジャーナリスト・菊池良が目撃した多様なノマドワーカーの世界を紹介していきたい。

 

企画・文:菊池良

イラスト:見る目なし

 

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