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トロントのデザイン戦略プロ・Pitomieさんに聞く、ヘルスケアとサービスデザインの交差点

Pitomieさん
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世界中から多様な才能が集まる、カナダの大都市・トロント。

そんなトロントに単身で留学し、その後サービスデザイナーとして現地の企業や団体と密接に関わりながらキャリアを築いてきたのが、Pitomie(Hitomi Yokota)さんです。

人間中心設計(Human Centred Design)を行うPitomieさんのデザイン思考やデザイン戦略は、IT業界だけではなく、サービスデザインや都市デザインなどさまざまな分野で必要となる考え方。特にヘルスケア分野でサービスデザインを行うPitomieさんに、今回はヘルスケア×デザインの交差点や、現在に至るまでのさまざまなお話を伺いました。

Pitomieさん

▲Pitomie(Hitomi Yokota)さん。トロントのサービスデザイン会社で、ヘルスケアや金融、通信、テックなどさまざまな分野のデザイン戦略を行っている

学びたかったのは、「広義の」デザイン

ーー 本日はお時間いただきありがとうございます。まず、これまでのキャリアについて教えて頂けますか?

私はもともと日本出身ですが、ニュージーランドの高校を卒業し、その後日本の大学で社会学を勉強しました。広告業界で働くのが夢だったため、大学ではメディア学を専攻し、卒業後はそのまま日本の広告会社に就職しました。そこで3年半ほど、プロジェクトマネージャーとして進行管理などを行なっていました。ただ、海外に出たいという思いはずっとあったので、その後は会社を辞めて、トロントのデザイン戦略を学べる学校に留学しました。カナダに来てから、もう4年目ですね

ーー カナダに絞った理由はあるのですか?

ビザの取りやすさと、外国人としての過ごしやすさがありますね。もともと英語圏の国を考えていたのですが、そのなかでもさまざまな国から来た外国人が多くいる場所が良いなと思い、移民を広く受け入れているカナダを選びました。

もともとは、カナダ第3の都市であるバンクーバーに日本人の情報が集中していたので、バンクーバーで留学先を探していました。しかし、バンクーバーで見つかったデザイン系のプログラムは、制作など技術系のものが中心でした。私は、大学で学んだ社会学の知見や、広告での企画・提案・制作進行のバックグラウンドを活かして社会課題を解決する「広い意味」でのデザインを勉強したかったので、これはちょっと方向性が違うなと思って。最終的に、自分の求める「広義のデザイン」を学べる学校がたまたまトロントにあったので、カナダのトロントへ行くことを決めました。ちなみにその学校は、当時のBloomberg Business Weekに掲載されていた「世界のイノベーティブなデザインスクール60選」みたいな記事で見つけました(笑)。

ーー 今でこそデザイン留学を意識する人は増えてきたと思いますが、4年前というとなかなか先進的ですよね。技術分野ではなく、より広義の「デザイン」を学ぼうと思われたのは、時代を先駆けていたと思います。学校探しの基準は何かありましたか?

カナダの学校におけるデザイン系のプログラムには、大人を対象にしたスキルアップコースや、視野を広げたい人のための短期間で初歩的なことを学んで証明書をもらうコースなどが多くあります。ただ、これだと卒業後の就職の役に立たないと思ったので、学士以上を対象にした学校を探しました。

バンクーバーにはEmily Carr University of Art + Designというデザイン系の大学があり、そこの修士プログラムも考えたのですが、このプログラムはデザイン系学部卒の学生を対象にしたものでした。先ほど申し上げたとおり、私は学部時代に社会学を専攻していたので、デザインのバックグラウンドがあるわけではありません。自分の社会学のバックグランドや、広告業界での企画・戦略立て・プロジェクト管理の経験などを活かせるもの、という条件は大切でしたね。

ーー なぜデザインに興味を持たれたのでしょう?

もともと作ることが好きで。高校を卒業した後、芸大への入学を考えたりもしました。ただ当時は、芸大や美大に行ってその後の就職先が限られてしまうと思ったのと、思考を鍛える学問の勉強がしたかったので、結局は総合系の大学に進学することにしました。それでもやはりデザインには興味があり、広告業界で働いていた時も、デザインの学校に通ってグラフィックデザインを勉強したりしていました。

人々のニーズを中心に置くデザイン思考

ーー トロントで分野横断的なクリエイティブ教育を行う『Institute without Boundaries』に入学されたとのことですが、ここはとても面白そうな学校ですね。

ここは、さまざまな分野の人々を集めてひとつのチームを作る学校です。国籍も多様な10名のチームで、実践的にプロジェクトを進めながら学びました。

私に社会学や広告のバックグランドがあるように、チームのメンバーには、建築、インテリアデザイン、アーバニズム、ランドスケープ、政治学やニューメディアなど、さまざまな分野の学生が集まっていました。

毎年、チームが行うプロジェクトには、パートナーとフォーカスエリアが決められます。私が勉強していた頃はトロント、シカゴ、デトロイトにフォーカスしていたのですが、デザインの手法を用いて地域課題の解決策を提案するという、実践型の教育でしたね。

ーー この学校でデザイン思考やデザイン戦略について詳しく学ばれたと思うのですが、Pitomieさんが現在行われている「サービスデザイン」の定義はなんですか?

非常にシンプルにいうと、デザイン思考をサービスに落とし込んだものが「サービスデザイン」です。

まず、デザイン思考を理解するのに、以下の3つ領域をイメージするのが良いかと思います。

  • Viability(ビジネスとして利益をどう出して行けるか)
  • Feasibility(テクノロジーとして実現可能かどうか)
  • Desirability(人々が欲しいと思うか、ニーズに答えられるか)

従来のビジネスでは、「Viability(ビジネスとして利益をどう出して行けるか)」が中心で、その次に「Feasibility(テクノロジーとして実現可能かどうか)」を確認してスタートすることが多いでしょう。

しかしデザイン思考では、人々の実際のニーズ「Desirability(人々が欲しいと思うか、ニーズに答えられるか)」から始めるアプローチをとります。ここでいうデザインはもちろん、ビジュアルデザインなど狭義のデザインではなく、広義で捉えていただければと思います。

ここでのデザインの役割は、ユーザーの本当のニーズを聞き出して、そこから解決策を作りだすというものです。そしてデザイン思考を戦略に落とし込んだデザイン戦略は、さまざまな分野で使われています。これを企業や行政のサービスに当てはめたものが、「サービスデザイン」です。

ヘルスケア×デザインの交差点

ーー 現在はどのようなお仕事をされていますか?

クライアントによってプロジェクトの性質は異なりますが、大まかに説明をすると、何かしらのサービスを提供するクライアントを相手に、そのサービスのユーザーやステークホルダー(関係者)に話を聞き、インタビューやワークショップを通して彼らのニーズを探し出すのが第1段階です。

その後、問題点を洗い出してから、じゃあその問題をどう解決していけるか?という方向性を、Co-create(共創)という形で一緒に探る、というのが第2段階です。これをレポートとしてまとめ、クライアントに報告します。プロジェクトによってはレポート後の実施のお手伝いもします。私の場合、とくに実施段階のサポートを主に行なっていましたね。

私自身はサービスデザイナーという肩書きなので、プロジェクトによっては部分的な関わり方もありますが、基本的には事業プロセスの最初から最後までのプロセスに関わります。クライアント自身、「これを解決したい!」ということがわかっていない場合も多いので、まず最初は彼らの悩みをヒアリングし、課題を設定します。ここで一緒に設定した課題をもとに、リサーチの方向性の計画を立てます。プロジェクトは短いと2ヶ月、長いと半年くらいかかります。

ーー PitomieさんはInstitute without Boundariesを卒業後、トロントのサービスデザイン会社 Bridgeableで、特にヘルスケア部門のデザイン戦略を行っていたとお聞きしています。ヘルスケア部門におけるデザイン戦略の特徴を教えていただけますか?

ヘルスケア分野が特徴的だと思うのは、やはりステークホルダーが多いことですね。たとえば金融分野ならば、①銀行を使っているユーザー、②支店の社員、③本社の社員、と大体3分野のオーディエンスに分かれるのですが、ヘルスケアの場合はそれがさらに多岐に渡ります。エンドユーザーは患者さん、ステークホルダーは患者さんの周りの介護者(大体が家族の方々)・病院の看護師・医師・製薬会社の人々などなど……。ステークホルダーが多い分、デザインとして考慮しなければならない視点も増えます。

また、ユーザーニーズからデザインを始めるという意味で重要なのが「Empathy(共感)」です。例えば、自分の立場が相手とどう違うのか、自分が相手をどう見ているのか、そして相手にどう見られているのかを意識・理解した上で、相手の言葉に耳を傾け、ユーザー目線で物事を正しく理解するのが「Empathy(共感)」です。ヘルスケア分野の場合はユーザーが患者さんという大変な経験をしている人たちや、その家族、命に関わる現場で働いている医療従事者のため、特にこの「Empathy(共感)」が非常に大切です。インタビューをデザインする際は、質問の言い回し一つひとつにも気を使って設定しますし、ワークショップではセラピストを用意したりもします。

また、法規制が多いことも特徴ですね。このため、他分野と比べて変化が遅い業界でもあります。一方で、だからこそデザインの重要性が普及し始めている、というのも事実です。ヘルスケア分野の会社が、自分たちの会社でもデザインを取り入れていかなければならない、ということをここ数年で気づき始め、デザイナーを雇ったり、我々のようなコンサルタントへ相談するのが一般的になってきました。

ーー Pitomieさんが関わったプロジェクトの事例も教えて頂けますか?

弊社が大規模なクライアントと数年かけて行ったプロジェクトに、私も関わっていたことがあります。このプロジェクトでは、患者と医療従事者間の「コミュニケーション」を課題として設定し、それを小さなフェーズに分けてプロジェクトを進めました。

最初からコミュニケーションをやろうと決まっていたわけではなく、患者さんや医療従事者を集めて、「どこを解決していけるか」と議論することから始めました。ここで、一番悩みの多い部分として洗い出されてきたのが、コミュニケーションでした。

患者さんからすると、「お医者さんの言っていることがよく分からない」「薬の情報が書かれた薬剤情報提供書(薬情)に何が書いてあるかよく分からない」このような場面はよくあります。薬をもらったときに入っている薬情の紙は、白黒の小さい文字で薬の情報が書かれていて、非常に読みにくいものが多いですよね。我々のような健康な人であれば、たまに頭痛薬を買うなど、読んでも読まなくてもそこまで命にかかわらないものは多いです。しかし、このクライアントのサービスが対象にしていたのは、がん患者さんやHIV患者さんたち。彼らにとって、治療方法やその内容の理解は非常に大切ですし、そもそもその治療方法で進めたいのか、他の選択肢を検討したいのかなど、大きな決断をする材料にもなる重要なコミュニケーションです。

このように患者と医療従事者間の問題点を洗い出した結果、ここではコミュニケーションを課題としてを設定し、その解決のためにプロジェクトを進めることとしました。

ーー 課題設定から一緒に始めるということですが、最初はクライアントさんは「なんだかもやもやしているけど何が問題か分からない!」といった感じなんでしょうか?

そうですね。このプロジェクトの場合も、製薬会社で働く一人の女性が、我々の会社に話を聞きにきたことから始まりました。「最近どうやらヘルスケアの分野にユーザー中心型のデザインが入ってきており、患者中心のサービスという考え方が広まっているようだが、どういうことか分からない」というところからスタートしましたね。当時はあまり事例もなく、我々としてもヘルスケア分野に特別詳しいわけではなかったのですが、一緒にやろう!という姿勢で始めました。

現在、コミュニケーションの部分はひと段落ついたので、他の部分で課題設定を進めています。

ーー デザインに限らず、他分野の勉強もその度にしなければいけないと思うのですが、大きなチャレンジなどはありますか?

前段階のリサーチとしてもちろん勉強はしますが、インタビューをする人たちがその分野のエキスパートなので、彼らに話を聞くことが一番の勉強だと思っています。ユーザーだけでなく、クライアント本社や現場の人々とも話をし、その内部の状況や構造をステークホルダー視点で理解するよう務めています。

これからのデザイン戦略

ーー 日本のデザイン業界の情報はキャッチアップされていますか?

特に日本を意識しているわけではありません。しかし、以前は日本におけるサービスデザインの情報はあまりありませんでしたが、最近どんどん増えている印象はありますね。国際的なデザイン戦略の会社を見ていると、東京に支社があるところもありますし、アメリカのデザインコンサル企業・IDEOも、数年前に日本の博報堂DYホールディングスに事業の一部を売却しました。

日本との繋がりでいえば、カナダにいる日本人の方からのアプローチが多いですね。日本人のデザイナーや、トロントでクリエイティブ団体を運営している方、日本で社会事業に携わっていたという方からもお話を受けました。

ーー 今後のデザイン戦略はどう変わっていくと思いますか?

デザイン戦略やデザイン思考そのものが変わることは、あまりないのではと思っています。一方で、社内にデザインの部門をつくる企業の事例は増えてきている印象です。今までコンサルタントに頼ってきたけれど、これからは社内でデザイン戦略をやってみよう、という動きがありますね。

ーー デザイン戦略そのものではなく、その受け取れられ方や企業の態度、普及のされ方が変わっていく、ということでしょうか。

そうですね。デザインに対する見方は、さまざまな業界で変わっていっている印象はあります。今までデザインというと、ごちゃごちゃした資料を綺麗にしてくれるもの、程度にしか思われていませんでした。それが徐々に、ビジネスの最初の戦略立てから一緒に考えよう、という方向にシフトしてきている。それに合わせて、デザイナーの立場や役割も変わりつつありますね。

ーー 最後に、Pitomieさんが今後挑戦してみたいことを教えてください。

社会課題を解決し、人々の生活の質を向上することがやりがいなので、このままこの業界で、デザイン戦略に関わっていけたらと思っています。例えば今は、働きながら修士課程の最終プロジェクトに取り組んでいて、先に述べたCo-createのプロセスにESL層(英語を第二言語として話す人々)を取り込む方法を探っています。

一方で、私はカナダに来てもう4年になるので、他の国にも行って経験を積んでみたいという気持ちもあります。くわえて、これまではデザインの立場から活動してきたので、今後はその経験を活かしてビジネス開発や顧客開発などの面でもチャレンジしてみたいですね。

ーー ありがとうございました!

Pitomieさん

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