「どうせ先のことはわからない」山小屋で出会ったフリーランス夫婦の、キッチリしない幸せ結婚生活

吉玉さん夫婦 アイキャッチ

「計画性がある」

この言葉は、一般的にプラスのイメージを持たれます。緻密な計画を立てることは、成功への近道だと考えられることが多いからです。とくに、誰にも管理されないフリーランスの場合は、その傾向が顕著。

筆者自身、フリーライターとして月の仕事量や収入だけでなく、家庭での支出や資産運用まで緻密に計画を立てて生きてきました。

しかし、夫婦ともにフリーランスとして働きながら、「緻密な計画は立てない」と言い、人間関係や出来事に流されることもありつつ充実した日々を過ごしている人たちもいます。吉玉サキさん、絵と図 デザイン吉田さん夫婦です。

いい意味でフリーランスらしからぬ「独特のゆるさ」をもつ二人はどこで出会い、どのような結婚生活を経て現在の境地へ至ったのか。何事もキッチリ決めないと不安で仕方ない、自他ともに認める超絶ビビりな私が、正反対の生き方を聞きました。

吉玉サキ
吉玉サキ

札幌市出身。北アルプスの山小屋で10年間働いた後、2018年からはフリーライターとして活動。山小屋時代の出来事をまとめた書籍『山小屋ガールの癒されない日々』を出版する傍ら、自身のnoteにて多数のエッセイを投稿中。

絵と図 デザイン吉田
絵と図 デザイン吉田

町田市出身。美大でデザインと絵を学び、その後は山小屋に10年間勤務。美術教師の職を経て、現在はフリーイラストレーターとして活動。Webメディアや書籍を中心にイラストを手掛けている。

聞き手:齊藤颯人
聞き手:齊藤颯人

フリーライター/編集者。資産管理は漏れなくキッチリ。取材前に集合場所を12回確認する几帳面さを誇る(ただのビビり……?)

結婚は“魔法”にかけられて……?

齊藤
まず、お二人の出会ったきっかけを教えてください。

吉玉
作家になる夢に敗れ、広告代理店と飲食店に就職しましたが、どちらも肌に合わず知人の紹介で山小屋で働き始めました。そこで先輩がすでに山小屋で働いていた夫に私を紹介してくれたんです。

初対面のとき、夫は真剣に献立の盛り付け表を書いていて、一瞬顔を上げて私の着ていた写実的なシマウマのTシャツを見て「そのTシャツ……」と言い、言葉を続けずに作業に戻ってしまいました(笑)。言葉の続きが気になりましたね。

吉玉サキさん 山小屋時代のお写真

▲山小屋で働いていた頃の吉玉さん

吉田
よく覚えてるね~。ただ、Tシャツはシマウマじゃなくて「白黒のキリン」だった。あと写実的でもなく、けっこうデフォルメされてた! ちなみに、言いかけた言葉は「そのTシャツ、いいね」だったと思う。

齊藤
初対面の相手に「そのTシャツ……」と言い残されるのは、かなりインパクトのある出会いですね(笑)。そこから、どうして交際に発展したんですか?

吉田
山小屋スタッフでの飲み会があって、そこで話してみたらウマが合ったんですよね。私は美大を出ていて、妻は当時小説を書いていた。お互いにクリエイティブなところがあるので、そこに惹かれたんだと思います。

吉玉
飲み会の後、休みの日に一緒に下山して、二人で本屋に行ったりもしました。二人で本屋に行って完全に別行動もアレですし、かといってずっと話しかけられたら微妙に気まずくなりません? そんな本屋でも、お互い自由に動きつつ、たまに会えば「あの本いいよね」と言い合える距離感で接せたのが決め手でした。夫のマイペースさがよかったんですかね。

齊藤
なるほど! では、結婚に至った理由はどのあたりですか?

吉田
私は結婚願望とか全然なかったんですけど……。まるで“魔法”にかけられたようでした。

吉玉
いや、魔法なんてそんなロマンのあるものじゃなかった! 当時、夫は長期間南米に旅に出たいと言っていて、私もそれに同行するにあたり「長旅に出るなら、恋人同士よりも結婚していたほうが万が一の備えになる」と思い、旅に出るタイミングで結婚しました。

吉田
そういえばそうだ、魔法じゃなかった(笑)。どうにも忘れっぽいんですよねぇ……。

鬱になり、キッチリできなくなった

齊藤
お二人の普段の働き方がどのような感じか教えてください。

吉田
仕事が来たら働く、という感じですね。私は売れっ子じゃないので、仕事がない時は全く働かないことも。ただ最近、町田の農場でも働き始めたので、少し忙しくはなっています。

吉玉
身体を動かすのが好きな人だから、農作業を始めてからイキイキしているようにも見えますね。

一方の私は去年ひたすら仕事をしまくりましたが、その反動で鬱になってしまって……。今年の2月~5月は全く働かず、実家に帰っていたほどでした。ただ、いまも「仕事が来たら働く」というスタイルに変わりはありません。

吉玉さん 画像①

齊藤
それは大変でしたね……。ただ、二人とも「仕事が来たら働く」というスタイルの場合、家事はどのように分担しているのか気になります。

吉玉
家事は手が空いているほうがやります。ただ、私が鬱になっていた時期は夫が家事をぜんぶやってくれました。寝込んでいても、実家に帰っていても責められることはなかったですね。

齊藤
では、お金のやりくりはどうされていますか?

吉玉
お金のやりくりはどんぶり勘定。生活費用の共同口座と、食費を入れる袋はあるのですが、お金を入れるタイミングや入れる金額も決まっていなくて……。光熱費はとりあえず私のカードで払って、そのまま。

ただ、昔からこういうタイプではなかったんです。フリーになる前と、フリーになってからすぐは几帳面に家計簿をつけたり、毎月の貯金額を決めたりしてました。でも、鬱になってからキッチリできなくなってしまって。

吉田
そうは言うけど、几帳面じゃなくなってからのほうが楽そうに見えるよ。「キッチリやらなきゃ」っていう思いが呪縛になっていたんじゃないかな?

吉玉
たしかに……。キッチリできなくなった当時は「こんなんじゃダメ。ちゃんとやらないと大変なことになる!」と思っていたんですけど、最近は「どんぶり勘定でも大丈夫。なんとか生きていけるだろう」と思えるようになりました。できなくなったことが幸いしたのかもしれません。

いざとなれば別れてやる!

齊藤
ご結婚された当初、お二人はまだ山小屋で働いていたと聞きます。結婚してお互いにフリーランスとなり、結婚生活も変わりましたか?

吉玉
働き方も環境もすべてが変わったはずなんですが、二人の関係はそんなに変わらない気がします。

吉田
そうだね。なんとなく結婚後に生活が一変した気がしてたけど、二人の関係自体は変わっていないかも。

齊藤
では、結婚生活を振り返って、フリーランス同士ならではの良さを感じたことはありますか?

吉玉
「フリーランス同士だから」というわけではないんですが、結婚してよかったとは毎日思っています。

吉田
うん、毎日家にいてくれるのは嬉しい。フリーランスになってより一緒にいる時間が長くなったので、それは良かったことですね。

齊藤
素敵ですね! ただ、一方でフリーランス同士の夫婦だと、相手の仕事ぶりがよくわかるがゆえにイライラする例もあると聞きます。そうした思いをしたことは……

吉玉
ありますあります!

吉玉さん 画像②

吉玉
私はライターとして生きていくために、昨年はひたすら働いていました。営業もガツガツするほうでしたが、一方の夫は営業もしませんし、あまり働いている様子もありません。山小屋にいた頃は、「時間がないから絵を描けない」って言ってたのに、「時間ができても書かないじゃん!」と思いました。

吉田
私はあんまりガツガツしてないほうで、商業人としてのイラストレーターにはなり切れないんですよね。それにあのレオナルド・ダヴィンチだって1枚の絵を描くのに何年も時間をかけたわけで、絵を描くスタイルは人それぞれかなと……。いまは商業と芸術の落としどころを探している最中です。

吉玉
よくダヴィンチを引き合いに出せたな!(笑) 私がいなかったらいまごろ死んでたよ!

……と内心ずっとイライラしてたんですが、1年半くらい経ってついに爆発。大喧嘩して「いざとなれば別れてやる!」とまで思いました。

齊藤
堪忍袋の緒が切れたんですね……。大変お尋ねしにくいんですが、いまでも「別れたい」と思っていたりしますか?

吉玉
いえ、それはないですね。というのも、私が鬱になって考えが変わったから。働けない期間は夫もいろいろと頑張るようになって、あらゆる面で支えてもらったんです。

そして、それから夫の言う「落としどころを探す」気持ちも分かるようになりました。去年は「ライターとして成功しなきゃ!」と必死でしたが、いまはライターの職にそれほどこだわりはありません。健康に楽しく生きられれば、それでいいかなって。

二人で補い合ってなんとか生活できている

齊藤
以前、吉玉さんは記事で「私たちはDINKs(子どもを持たない夫婦)だ」と書かれていました。せっかくなので、お二人の“子ども観”を聞いてもいいですか?

吉玉
子どもを絶対に欲しいとも思いませんし、かといって絶対に欲しくないわけでもありません。どちらでもいいというのが正直なところ。結果として子どもを持たなかったのは、夫が14歳年上で結婚した当時から高齢でしたし、経済的な余裕がなかったことも大きいですね。

吉田
同じくです。授かったら授かったで生活を変えていくだけなので、それはそれだと思っています。ただ、ネックになるのはとにかく経済面。「勢いで作っちゃえ」という人もいますが、積極的に作ろうとは……。ただ、子どもがいないことを悲しいとは思っていません。

齊藤
お二人とも「経済面」を理由に挙げていらっしゃいますが、ハードに働くことでそれを解消する選択肢もあると思います。一方、そうすると二人の時間は減ってしまうでしょう。「激務でも子育て」と「二人でのんびり」はどちらが理想ですか?

吉玉
しばらくは、二人でのんびりですかね〜。私は夫といる時間が幸せで、その時間がなかったらいま以上に生きづらいと思います。一方、夫にも常識や注意力がないので、お互い補い合って生きている感じがしますね。

吉田
常識と注意力がないって(笑) そんなことないよ~。

吉玉さん夫婦 画像①

吉玉
いやいや。たとえば、今日の取材も集合時間を考えれば出発がギリギリなのに「トイレ行かなきゃ」「ひげ剃るの忘れた」とか言ってましたし、なぜかカレンダーに先の予定を書き込めなかったりするんです。だから、誰かがマネジメントしないと生活が破綻しちゃうんですよ。

でも、私は私で体力と精神力が足りなくて、一人じゃちゃんと生きられません。なので、一人じゃ生きられない二人がお互いを支え合って、ギリギリ二人の人間として生きているような感覚です。

子どもがいたら楽しいでしょうけど、こんな状況で無理してまで子どもを作るのもどうなのかなと思うので、そこまで欲しいとは思わないですね。でも、犬は飼いたいです(笑)

吉田
犬は子どもの代わり?

吉玉
いや、犬は犬だよ。モフモフしてるもん!

考えられないものは考えられない

齊藤
フリーランスが結婚するために大切なことは何だと思いますか?

吉玉
結婚は特別なことじゃなくて、あくまで人間関係のあり方の一つ。子どもは持つのか、どこに住むのかなど、お互い納得できるよう話し合うことが大切だと思います。当たり前のことですが、人間関係はどれだけ言葉でコミュニケーションを交わしたかだと思っているので。信頼関係を築くためには、まず話し合いが大事だなと。

吉田
うんうん。でも、いくら事前に話し合ったり、頭で考えたりしても、実際に結婚生活が始まってみないと分からないことも多い。ズレが生じてきたらその都度対処するしかなく、その営みの中でバランスが取れていくのではないでしょうか。

吉玉
たしかに。先を見据えて計画や戦略を立てられる人は、事前にちゃんと考えたほうがいいと思います。でも、私たちはとにかく先のことを考えられないので、その都度対処していくしかない。だから、考えられない人、考えるのが辛い人は、「考えられないものは考えられない」と受け入れるのも大切じゃないですかね。

吉玉さん夫婦 写真②

齊藤
ここまでの話しぶりから、先のことを考えなくてもお二人が円満に暮らしている様子が伝わってきました! ぜひ、フリーランス夫婦円満の秘訣を教えてください。

吉玉
それは分かりません、だって私たち円満じゃないし(笑)。

ただ、思えば二人とも自分の生き方にこだわりがないんです。ある目標に向かって努力するような、旺盛な生き方ができる人はすごいと思いますが、私にはそれができません。けれど、そう生きなくても、来た球を打ち、流れに身を任せて生きていければいいと思っています。

吉田
何か起きたらその都度学び、自分に固執しないことでしょうか。過去の自分を振り返ってみると、私は自分の考えを大切するあまり妻を思い通りにコントロールしようしていました。そうではなく、ある程度こだわりを捨て、相手への「愛」を心に抱いて融通を利かせることが、円満の秘訣なのではないでしょうか。

吉玉
私たちは、生き方にこだわりがないという点がたまたま一致していました。住む場所や、子どもを作らない選択もお互いに納得できました。でも、ここで意見が対極になっていたら、関係は上手くいっていないと思います。組み合わせとか運がよかったんでしょう。

吉田
そうそう。相性がいいのはいまだけかもしれなくて、将来どうなるかは分からないですから(笑)

案外折れるのも悪くない

齊藤
最後に、結婚生活に悩むフリーランス、結婚したいフリーランスにメッセージをお願いします。

吉玉
「自分から折れたり、一旦許したりするのもいいよ」ということですかね。というのも、夫が信じられない言動をしたことがあって……。

私たちは2013年に結婚し、家を引き払って南米へ旅に出ていました。結婚前、夫は「帰国したら山小屋を辞め、しっかり就職する」と言っていたから安心して結婚したのに、帰国後「やっぱり山小屋を続けたい」と言いだしたんです! 私は山を下りたかったのに……。

吉玉さん夫婦 写真③

齊藤
ええっ!? 話が違うじゃないですか!

吉玉
当時はズルいと思いましたよ! ただ、結局私もしぶしぶ流されて山小屋へ戻り、その後は何だかんだで上手くいって。山小屋を辞める際に私はフリーライターになったんですが、今度は彼がその決断に付き合ってくれました。

意見が合わないときに自分が折れると、後々まで恨みは残ります。でも、折れた先の人生が楽しければ、「まあいっか」ってなるんですよ。だから、案外折れるのも悪くないですね。

吉田
そう言ってくれてありがとう(笑)

私が言いたいのは、どんな人が相手でも「好きで、結婚したい」と思ったら、それは結婚するべきということ。迷いもあると思いますが、いくら考えても思い描いていた結婚生活と変わってしまうことはある。だから、なんも考えずに行っとけ!

吉玉
結婚後に前言撤回したお前が言うな!!!(笑)

ただ、人生が思い通りにいかないものなのは確か。コロナ禍だって誰も予想してないですからね。だからこそ、その時々に合わせて柔軟に生き、無理ならすぐ逃げる。意固地になると辛いですし、フリーランスはより一層この柔軟性が求められる働き方なのではないでしょうか。

(執筆:齊藤颯人 編集、撮影:イズミカズキ)

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