【社労士解説】ジョブ型雇用時代におけるフリーランスの生存戦略とは?
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契約の内容や単価、納期など、フリーランスにとって、クライアントとの交渉は日常茶飯事です。しかし、相手と自分の条件が始めから折り合わないことは少なくありません。
クライアントから納得できない条件を呈示されたとき、あなたならどうしますか? 自分の条件を相手に伝える? それとも我慢して受け入れる?
「良い交渉をするためには、交渉をしようと思ってはいけません」
そう語るのは、田村次朗先生。日本の「交渉学」研究の第一人者です。
交渉学は「交渉」を研究対象にした学問で、単純な勝ち負けではなく、相手方との信頼関係の構築、そしてよりよい合意形成を目標にします。「関係者全員が納得し、中長期的に見て良好な関係を築いていくこと」が交渉学における交渉のゴールです。
どうしたらクライアントを怒らせず、うまく自分の要望を伝えることができるのか。フリーランスであれば一度は悩む難問に対する答えも、交渉学の中にあります。
一歩足を踏み入れれば、あなたの価値観は根底からひっくり返る!? めくるめく交渉学の世界へようこそ……!
慶應義塾大学名誉教授。大学院大学至善館教授。ハーバード大学国際交渉プログラム・インターナショナル・アカデミック・アドバイザー。専門は交渉学。著書に『「リーダーシップ基礎」入門』東京書籍など。
こたつとお布団、コーヒーをこよなく愛するフリーライター。法学部出身のはずが、なぜか卒論のテーマは村上春樹であった。やれやれ。(X:@ponapona_levi)
目次
ぽな:
交渉学は、交渉について研究する学問だと伺いました。私のような口下手なフリーランスでも、交渉学を学べば駆け引き上手になれますか?
田村:
駆け引きという言葉は、少し語弊があるかもしれませんね。じつは交渉学においては「駆け引き」のテクニックは本質的なものではないんですよ。
ぽな:
え、交渉って駆け引きじゃないんですか?
田村:
まさに、その点を誤解されている方が多いのです。駆け引きのテクニックは、交渉「術」の話であって、私たち交渉学の研究者がよしとする交渉の形ではありません。交渉を相手との駆け引きだと考えてしまうと、交渉は失敗するんです。交渉しようとするあまり、駆け引きのワナにハマってしまうと、行き着く先はパワープレイ(※1)の世界です。
ぽな:
パワープレイ……ですか?
※1 パワープレイ
社会的・経済的に強い立場にある人が、力にモノを言わせてゴリ押ししてくるタイプの交渉スタイルのこと。パワープレイに持ち込まれた場合、弱い側が押し負ける結果になりやすい。
田村:
そうです。交渉の当事者に上下関係がある場合、立場が上の人間は力で押し切ろうとしてきます。力で劣る側がこれに対抗することは容易ではありません。つまり、立場の弱いフリーランスはパワープレイの餌食になりやすいんです。
ぽな:
なるほど……。
田村:
相手にパワープレイで来られた場合、フリーランス側に勝ち目はありません。「交渉術」を使って交渉をしよう、駆け引きをしようと意識したとたんに、フリーランスは負けてしまうんです。
ぽな:
そんな……交渉しようとしたとたんに負けてしまうなんて。パワープレイに負けるのが嫌で、交渉について学ぼうと思ったのに……。まさかの、「ここで試合終了」ですか!?
田村:
そこで、交渉学なんです。交渉学の考え方は、世間で出回っている「交渉術」とはまったく違います。交渉学では、駆け引きというものをあまり考えないんです。
田村:
交渉学では、基本的に駆け引きをせず、Win-Win交渉を行うことを目標にします。相手と中長期的な信頼関係を構築した上で、お互いが十分に満足できる内容の合意を目指すんです。
たとえば、報酬値上げの交渉であれば、単純に「安いので報酬を上げてくれ」と言うのではなくて、クライアントにとっての価値に目を向けます。
ぽな:
クライアントにとっての価値?
田村:
はい。クライアントといい関係を築いたうえで、「この仕事は◯円なんですね。ちなみに、自分はこういう価値も提供できますよ」と提案したら、クライアントも「そうなんですか。それなら、もっと高い報酬の仕事をお願いしますね」と言ってくれるかもしれません。
ぽな:
おお、これは関係者全員ハッピーですね。結果的に報酬も上がっていますし。
田村:
本当はこういう交渉をしなければならないんです。「自分に有利な条件を引き出そう」と駆け引きするのとは発想が真逆です。
そして、こうしたWin-Win交渉を行うためには、事前の準備や心構えが重要になります。先ほども言ったように、駆け引きに持ち込まれたら、パワープレイができる「立場の強い」人間のほうが有利ですから。立場の弱いフリーランス側としては、パワープレイで押し切られないように頭を使わなければなりません。
田村:
フリーランスとクライアントとの交渉では、どうしてもフリーランスが弱い立場に置かれてしまうのが現実だと思います。しかし、フリーランスの方にも意識の改革が必要な部分があるかもしれません。
ぽな:
個人的に気になったのは、②です。自分の希望や主張って、交渉の場で相手に言っちゃいけないんですか? どちらかというと、自分はガンガン言うべきことを言っちゃうタイプなんですが……。
田村:
たしかに、そういう交渉スタイルもあるでしょう。しかし、条件交渉をしようとした瞬間に、多くの交渉はうまくいかなくなるんですよ。それは相手が心を閉ざしてしまうからです。
生意気だ、ゴネていると思われた結果、相手の態度は硬化します。交渉って意外と感情的な要素が大きいんですよ。最後は「好き嫌い」で決まるんです。
ぽな:
ええっ、大の大人がそんな理由で!?
田村:
そうですよ。M&Aのような大きな交渉ですら、最後は「オレはお前が気に入ったから、この条件でいいよ」で話がまとまるんです。だから相手に嫌われてしまうと、交渉は失敗します。そして、日本の場合、基本的に自己主張する人間は嫌われますから。
ぽな:
うーん、国民性の問題ですか……。たしかにアメリカとは違うかもしれませんね。でも、じゃあ自己主張せずにどうやって交渉すればいいんですか???
田村:
自己主張せずに交渉をする方法はあります。それは、徹底的に聞き上手になることです。
田村:
私は、日本人の交渉の極意は傾聴にあると考えています。
ぽな:
傾聴……?
田村:
そうです。相手の話をひたすらよく聞く。そして、どんどん質問してみる。相手が何を考えているのか、フリーランス側に何を求めているのか……。直接自分の意見を主張するのではなく、相手への質問を通して、実質的な「主張」を行うんです。
相手の話に耳を傾け、「あなたのことをもっと知りたいです」「あなたのロジックを教えて下さい」と、会話のキャッチボールをしながら相手に質問していく。そうすると相手が何を考えているのかわかって、そこで初めて会話が噛み合うんです。
ぽな:
なるほど、交渉するという気持ちを持たずに、まずは会話を膨らませ、どんどん深く掘っていくというか。
田村:
喋っているうちに、相手がいろいろ考えるようになって、「そういえば……」と新しいオプションを提示してくることもあるかもしれません。ここまできて、ようやく交渉ができるんですよ。
ぽな:
そういえば、以前弁護士の先生に、「交渉で大事なのは相手の立場に立って考えることと、できるだけ相手から情報を集めること」と聞いたことがあります。それに通じるお話だなと感じました。
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田村:
そうですね。相手の情報を知っておけば、どこを噛み合わせればいい議論ができるかというのがわかりますから。それには相手の話をよく聞いて、基本的には相手が言ったことを使いながら交渉を進めるのが一番いいんですよね。
発注金額や契約条件で納得できないことがあるのであれば、どうして相手がそう考えているのか聞いてみる。こっちがニコニコしながら質問すれば、相手もおそらく答えてくれるはずです。
ぽな:
会話を通して、相手の考えていることを深堀りしていくわけですね。相手の話をよく聞いて、質問を投げかけて。なんとなくインタビュアーの仕事に似ているような気がします。
田村:
まさにそうです。いま、私が話して、ぽなさんが質問を投げかけて……という形で、スムーズに会話のキャッチボールができていますよね。インタビュアーが真剣に聞いてくれるから、私も気持ちよく喋れるわけです。
しかし、それが交渉となると、みんなとたんにうまくできなくなってしまうんです。どうしても自分の要望を通したい、という気持ちが前に出ちゃいますから。
ぽな:
うっ、耳が痛い話ですね……。私もそうですけど、どうしても「自分の条件を伝えないと」という気持ちが強くなってしまう方も多いような気がします。
田村:
そこをグッと堪えて、我慢しないといけません。「こんな仕事、◯◯円で十分だ」などカチンとくるようなことを言われても、プロとして耐える。相手の話や考えに耳を傾け続ける。
自分の要求を自分から切り出した時点で、交渉はうまくいかなくなります。そこは忍耐が必要です。
ぽな:
我慢して、ひたすら聞く。
田村:
そうやって傾聴を続けているうちに相手も気持ちよくなってきて、互いの間に信頼関係ができてきます。自分の話をウンウン聞いてくれる相手を、無下にできる人間はそうそういません。
返報性の原理(※2)という心理作用があります。アメリカの社会心理学者ロバート・チャルディーニ博士によって有名になった原理なのですが、相手によくしてもらったら、自分も相手によくしなきゃ、と自然に思うわけです。
※2 返報性の原理
人から何かギブを受けた場合に相手にお返ししなければならない、と自然に思ってしまう心理作用のこと。(例)
・タダで試供品をもらったら、何となく商品のセールスを断りにくくなった
・自分を助けてくれた相手には借りを返そうと思う
田村:
相手の話を傾聴し続けていると、短時間で信頼関係が形成されます。そうすると、相手がポロッと譲歩しかける、こちらに配慮するようなことを言いかける瞬間があるのです。ここが交渉の糸口になります。
田村:
自分から条件交渉をしようと頑張らず、相手が話を広げてくれるのを忍耐強く待つ。これが交渉のコツです。
お金や条件の話はしないで、ひたすら相手が何をしたいのか、相手がどんなことを考えているのか、あるいは仕事の内容について聞く。こういう姿勢でいれば交渉はうまくいきやすいし、クライアントにも愛されますよね。
ぽな:
聞き上手になるとクライアントにも愛されるんですね!?
田村:
私も研究の一環でいろんな人にインタビューして歩いているのですが、成功している人間というのは鬼の傾聴力の持ち主です。「相手の話から学ぶことしかない」という態度で人の話を聞きますから、上の人にも可愛がられて、どんどんいい仕事が来るんです。
その場での勝ち負けで物事を考えるのではなくて、「損して得を取れ」じゃないですけど、中長期的に信頼関係を築いていくのです。近江商人の「三方よし」(※3)ですね。
※3 三方よし
「売り手よし、買い手よし、世間よし」(売り手・買い手が満足し、社会にも貢献できるような商売をするのが良い商売である)という近江商人の経営哲学。
ぽな:
みんなが幸せになれる、まさにWin-Winの関係を目指すんですね。
田村:
「三方よし」の考え方は、交渉学の考えに通じるものがあると思います。「相手よし」の姿勢を貫いて、上手にコミュニケーションできる人は成功します。交渉上手はコミュニケーション上手でもあるんです。
筆者はこれまで、交渉においては相手をロジックで説得することが大事だと考えていました。
もっとも、世の中話が通じる人間ばかりではありません。自分のようなナメられがちな属性(フリーランス、若い、非力な女性、小柄)で、なおかつ内向的でおとなしい性格の人間がマトモに交渉できるのかどうか、ちょっと不安でした。不安すぎるあまり、少し肩肘を張りすぎていたかもしれません。
しかし、今回、田村先生のお話を伺って、「無理に頑張らなくてもいいかな……」と考えられるようになりました。先生が教えてくださったソフトな交渉スタイルは、まさに「内向的で口下手な人間」のためのものだと感じたからです。
誰とでもすぐ友だちになれちゃうコミュニケーション強者でも、鋼のメンタルの持ち主でもない。そんな、よわよわな人間でも交渉上手になれる可能性はある。そこに気づけたことは筆者にとっては大きな収穫でした。
目指すは究極の聞き上手。これから聞く力や質問力を磨きつつ、良き交渉者を目指して精進していきたいと思います!
(執筆:ぽな 編集:少年B)
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