「専門スキルを伸ばす VS 幅広い領域に挑戦する」フリーランスの生存戦略討論
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フリーランスにとって「単価交渉」って悩ましいですよね。特に、筆者のような内向的なコミュ障人間にとって、交渉はめちゃくちゃハードルが高い……。でも、だからといって仕事に見合ったギャラはほしいわけです。
「よし、じゃあ単価交渉をしよう!」と思ったとき、皆さんは「交渉の進め方」をしっかり理解していますか? 筆者を含め、交渉慣れしていないフリーランスは多いはず。
そこで、今回はハードな交渉を日頃からしまくっている弁護士・河野先生に、単価交渉のコツを訊いてきました。交渉のプロは、普段何を考えて交渉しているのでしょうか。
法律事務所アルシエン 弁護士。主に個人クリエイター向けにリーガルサービスを提供している。ミステリをこよなく愛する活字中毒者。(Twitter:@kawano_lawyer)
こたつとお布団、コーヒーをこよなく愛するフリーライター。法学部出身のはずが、なぜか卒論のテーマは村上春樹であった。やれやれ。(Twitter:@ponapona_levi)
目次
ぽな:
新しいクライアントとやりとりするとき、向こうが提示した単価が妥当か判断ができず、こちらから単価を提案する場合も「いくらが相場なのかな」って迷うんですよね。交渉のコツ以前に、フリーランスの単価の適正価格や相場って、どうしたらわかるんでしょうか。
河野:
相場とか適正価格って、けっこうあいまいなんですよね。フリーランスのギャラって「うちはこれくらいでやっている」「社内ルールで決まっている」とか、「他の人はこれくらいの金額で受けている」とか、そういった形で決まることが多いんですよ。
でも、この金額に明確な根拠ってほとんどないですよね。つまり、こうやってなんとなく決まった数字が、いわゆる「相場」といわれているものなんだと思います。
ぽな:
たしかに。そう考えてみると、相場ってよくわからないですね……。
河野:
一つ言えることとして、相場がこれだけふわっと決まっている以上、「相場はないものとして、気にしないようにする」のが重要だと思うんです。。
ぽな:
ええっ!? 私自身、「相場」って結構気にしてしまうんですが……。
河野:
前の話に戻って、そもそも「相場」を決めるのは誰かを考えてみてください。「みんながやっている金額が相場です」という話になったら、結局「企業側の言い値」が「相場」になっちゃいますよ。
でも、それっておかしいじゃないですか? こっちが「相場」だと思う金額より、企業側が低い数字を出す可能性もある。そうなると、ギャラが「相場」より高くなることはないけど低くなることはある、という話になりかねない。
ぽな:
だから、相場は意識しないで単価を交渉するのがいいと。
河野:
そう。「なんで、相手の出した数字に従わなきゃいけないの?」って話ですよ。「他の人はそうなんですねー、でも私は嫌です」って言っていいんです。自分の契約の内容は自由に決めていいんだから。
それで、お互いの希望をすり合わせていくのが本来の交渉でしょう。もしかしたら、フリーランスの側にも「相場通りの金額を提案しよう」「相場より高い金額を出しちゃいけない」という思い込みがあるのかもしれないけど。
ぽな:
でも先生、いくら相場が企業側の言い値といっても、これから施行されるフリーランス新法には「不当な買いたたきを禁止する」って内容の条文がありましたよね。ええとこれです。クライアントはフリーランスに「次の行為をしちゃいけない」って書いてあります。
特定受託事業者の給付の内容と同種又は類似の内容の給付に対し通常支払われる対価に比し著しく低い報酬の額を不当に定めること。
※特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(フリーランス新法)第5条1項4号より
これである程度買い叩きから身を守れたりはしないんですか?
河野:
ああ、この条文ですね。結論から言ってしまうと、この条文を理由に買い叩きから身を守ることも、交渉材料にすることもできないと思いますよ。
ぽな:
そんな! でも「通常支払われる対価に比し著しく低い報酬の額を不当に定めること」って書いてあるじゃないですか。
河野:
この条文のキーになるのは「通常支払われる対価」という部分ですね。つまり、「ふつうにあり得る単価感」の取引であれば、たとえば時給換算すると100円になるとか、文字単価0.1円でも「著しく安い」とは言いにくいんじゃないかと。
たしかに安いですけど、これって「ふつうにある話」ですよね。クラウドソーシングとかなら、契約が成立しちゃうことも多い。ということは、時給100円も「相場」の範囲内といえ、著しく安いとはならないと思いますね。だって、相場との比較だから。
ぽな:
ぐぬぬ……。
河野:
でも取引って、本質的にはこういう話なんですよ。お互いに「契約の自由」があり、お互いが考えている金額ゾーンから、いくらにしましょうという話になるわけです。
ギャラが高いか安いかの話って、そのなかの裁量レベルの話でしかないんですよ。だから、お互いが考えているそのゾーン内におさまっている限りは、著しく安いとは言いにくいと思います。
ぽな:
じゃあ、フリーランス新法の買いたたきを禁じる条文って、実質的には何の意味もない……?
河野:
残念ながら、その可能性はありますね。そもそもフリーランスの働き方っていろいろあり、想定できる報酬のゾーンは広いはずなんです。だからこそ、法律で明確に最低賃金を定めず、「著しく低い」という基準を持ち出しているわけで。
もし問題になるとしたら、不当な圧力をかけて安い報酬で仕事をさせるとか、そういった場面に限定されてくるかもしれません。あとは、決め方の問題ですよね。「これが相場ですよ」と嘘をついたとか。ただ、それくらいじゃないかなあ。
ぽな:
法律も頼りにならないし、相場はあってないようなもの……となれば、フリーランス側からガツガツ交渉するしかないですね。
ぽな:
実際の単価交渉の場面で、交渉を担当されることも多い弁護士目線で考えられるコツはありますか?
河野:
まず重要なのが「相手の状況を知ること」です。自分の希望はよく考えているけど、「相手がどう考えているか」は考えられなくなりがち。ただ「敵を知り己を知れば百戦殆うからず」って言うでしょう? 相手の事情をきちんと読める人は強いですよ。
ぽな:
たしかに…!相手の気持ちになればわかることってありますよね。
河野:
相手が自分のことをどう思っているのか、これが交渉では大事。そして、相手も実は同じことを考えている(笑)。だから、交渉って手持ちのカードを後出しする側が有利なんです。できるだけ相手から情報を引き出して、自分は情報を出さないのが一番いい。
ぽな:
なるほど! そういえば、以前に見積りと料金表を相手に渡さず、予算を聞いてからそれに応じた見積もりを作成するテクニックを聞きました。
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こういうのも有効という話になると思うんですが、個人的には若干抵抗感もあるんですよね。先に予算を聞いて、その上限に合わせて請求するって、ちょっと姑息な気がするんです。
河野:
その感覚が僕にはわからないなあ。高めのお寿司さんだと、最初に予算を伝えておくと、それに合わせて握ってくれるじゃないですか。
予算を先に聞くのはマナー違反じゃないし、提案内容を変えるのも当然ありうる。フリーランスもお寿司屋さんと同じで、もし先方の提示した予算が合わなかったら、黙って仕事を受けなければいいんです。
河野:
交渉が必要な場面になった場合、交渉する側の心得として、相手にとっての「自分の位置付け」を把握する必要がある、という話があります。
ぽな:
位置付けですか?
河野:
ひとつは社会的な価値、これは一般的にどれくらい仕事が金銭的に評価されるか、ということです。もうひとつはクライアントにとっての価値ですよね。クライアントにとって自分がどれくらい価値があるのかということです。
ぽな:
社会的な価値とクライアントにとっての価値……たしかに、これらの価値が高ければ、先方も出せる金額が自然と高くなりますね。
河野:
はい。そして、両方の価値が高い人材は、クライアント側も手放したくないはずです。もし、ここで単価交渉が決裂したら、クライアントは価値あるフリーランスに仕事をしてもらえなくなるかもしれない。この状況を想定して、駆け引きできる人は交渉に強いですね。
河野:
これは失敗を防ぐコツですが、「余計なことを言わない」というのは大切です。よくある失敗の具体例は、秘密保持契約(NDA)関係ですね。単価交渉をするときに、他社の仕事の単価を言ってしまう人がいます。
フリーランスのNDA(秘密保持契約)とは? 何に気をつければいいんですか?【弁護士直伝!】
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しかし、NDAを結んでいる案件だと、単価を他の人にバラしたら、その時点で契約違反になります。トラブルの元にもなりますし、向こうからの印象も悪くなりますよね。
ぽな:
「こいつ、NDAも守れないんだ」と思われて、やばいフリーランス扱いされるかもしれませんね。
河野:
ほかには、実績やスキルを盛りすぎるのも避けたほうがいいですね。たとえば、「世界的な大企業と取引しています!」とかね。そりゃ、iPhoneやGmailを使っていれば、GAFAと取引していることになるので、嘘はついていないんですけども。本当にあるんですよ、この手の話!
ぽな:
むむ、セールストークはほどほどに、ですね……!
河野:
意外かもしれませんが、単価交渉自体がトラブルの元になることはほぼないんですよね。単価交渉のときに余計なことを言ってしまって、それがトラブルの原因になることが多いです。
ぽな:
単価交渉をするにあたり、交渉時の具体的なチェックポイントってどんなものがありますか?
河野:
僕としては、以下の7点はぜひチェックしていただきたいです。一度決めた条件をあとから動かそうとするとお願いベースの話にならざるを得ないので、これらの点についてはきちんと確認しておきましょう。
使用用途によって納品物の価値は変わります。たとえばイラストの場合、メインビジュアルなど他のイラストで代用しにくい用途に使われるなら、納品物の経済的な価値は高いといえるため、単価交渉がしやすいです。
著作権譲渡ありの契約では、相手に著作権をあげるぶん、その対価として価格を上げやすいです(ただし、職種・業界によっては著作権譲渡が前提になっているケースもあるため、慣習にもよります)。
フリーランスにとって実績公開は重要です。実績として公開できるなら価格を下げる、逆にできないなら価格を上げる、といった交渉はありでしょう。
特定の場所への通勤などが必要な場合、交通費などの支給があるかどうかで、実際の手取り金額は変わります。これらをクライアントに負担してもらうよう交渉する、あるいは自己負担を考慮して報酬そのものを値上げしてもらうのも選択肢です。
記載の報酬額が消費税込みの価格か、消費税別の価格かもチェックしましょう。意外とトラブルになりやすいうえ、インボイス制度に関連して消費税額を把握しておくことは重要になったからです。
無限修正や不要な修正依頼を防ぐために、修正作業の回数はしっかり打ち合わせておきましょう。「○回以上の修正は別途料金」のように追加料金を設定し、事実上の値上げ交渉をするのもおすすめです。
請負型案件の場合は、依頼されたタスク以外の追加タスクが発生した際、常駐型の案件の場合は、拘束時間が増えた際に追加で報酬がもらえるかも確認しておきましょう。
ぽな:
ここまで交渉で失敗しないポイントについて伺いましたが、先生は「単価交渉に強いフリーランス」になるために大事なことって何だと思いますか?
河野:
ちょっと逆説的ですが、「交渉が決裂してもいいや」と思っている人は最強です。なので、「他にやることがあるので、結構です」と言える状況をつくるのがベスト。だから、僕は交渉力という点では副業フリーランスが最強だと思っています。本業があるから強気でイケる。つまり、交渉力が強い。
ぽな:
ただ、そうは言っても「交渉力」はクライアントのほうが強いケースは多く、フリーランスが有利に交渉するのはなかなか難しいんじゃ……。
河野:
それでも言うべきことは言わないといけないケースはありますからね。先ほど「フリーランスの価値」の説明をしましたが、単価交渉に強くなる、つまり価値あるフリーランスになるためには、社会的な価値とクライアントにとっての価値を両方上げていかないといけない。
そして、立場の強い弱いに関しては、社会的な価値の話になってくるんだと思います。クライアントにとっての価値が低くても、社会的な価値が高ければ他の形で仕事ができますからね。
ぽな:
耳が痛い話ですね。ライター業は、まさにAIの登場で社会的な価値が暴落しつつある界隈なんで。イラストやデザインもそうかもしれませんが、値下げされた、契約を切られた、といった話もちらほら聞きます。
河野:
これは残酷な話ですけど、当然といえば当然だと思います。どの仕事もそうです。技術の進歩によって消える仕事、価値が下がる仕事はある。
少し法律の話からは外れますが、これからのフリーランスはAIにはできないような価値を提供していく必要があるのかもしれませんね。それが交渉力を上げることにもつながるのではないでしょうか。
フリーランスの単価交渉術、いかがでしたか。個人的には、河野先生の鋭いご指摘に何度もドキッとさせられる瞬間がありました。
また、今回お話を伺って改めて感じたのは、「ロジカルに考えることの重要さ」です。
交渉は相手あってのもの。自分のことばかり考えるのではなく、客観的な状況や相手の立場や心情を先回りして読んでいくことも必要なのかなと思いました。
全部のポイントを完璧にマスターするのは難しいかもしれませんが、場数を踏むことで成長できる部分もあると信じて。交渉に強いフリーランスを目指して精進したいです。
(執筆:ぽな 編集:齊藤颯人 協力:河野冬樹弁護士 イラスト:はこしろ)
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