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「北村さん、ちょっとお願いがあるんですが……」
ある日、編集担当さんに声をかけられました。Workship MAGAZINE編集部に在籍して約3年、そこそこ経験を積んできた私。編集担当さんにお願い、ときにはムチャブリされることにも慣れてきています。
「はい! 私でよければなんでもやりますよ!」
「ありがとうございます! 実は、ロゴを作ってほしいんです」
「え?」
「ロゴを」
「ロゴを…………?」
詳しい話を聞いてみると、デザインの「デ」の字も知らない人間が、アドビの無料オンラインデザインツール『Adobe Express』を使ってロゴを作ってほしいとのこと。え、そんなの無理じゃん……!!
そもそもロゴを作ったこともなければ、何かしらのデザイン経験すらほとんどありません。さすがに難題すぎるので、今回はこの方に泣きつきました。
株式会社NASU 代表・前田高志さんです!! 任天堂にて約15年広告販促用のグラフィックデザインに携わったのち、独立後もデザイナーとして数々のロゴデザインを手がけてきた前田さんなら、初心者でもできるロゴ作りのコツを教えてくれるはず! た、たぶん……!
近年まれに見る超特大ムチャブリを前に、しがないライターは恐怖に打ち震えながら取材当日を迎えました。
※本記事はアドビ株式会社の提供でお送りします
株式会社NASU 代表取締役/前田デザイン室室長/デザイナー。大阪芸術大学デザイン学科卒業後、任天堂株式会社へ入社。約15年広告販促用のグラフィックデザインに携わったのち、2016年に独立。2018年、自身のコミュニティ「前田デザイン室」と「株式会社NASU」を設立。著書に『勝てるデザイン』『鬼フィードバック』(Twitter:@DESIGN_NASU)
ライター。WorkshipMAGAZINE編集部在籍。デザインの知識・経験ともに皆無。小学生の頃に描いたポケモン「カビゴン」の絵を友人に見せたら「ポリゴン?」と言われ泣いたことがある。(Twitter:@yuu_uu_)
北村:
前田さん、今日はよろしくお願いいたします! ロゴどころかデザインに関しても完全にド素人なので、確実にご迷惑をおかけすると思うのですが……。
前田:
いやいや、大丈夫ですよ。最初はみんな初心者ですから。
北村:
な、なんと慈悲深きお言葉。ありがとうございます。さっそくなんですが、いわゆる「良いロゴ」の特徴としてよく耳にする要素を5つ挙げてみました。前田さんから見て、率直にこのポイント、的を射ていますか?
- シンプル わかりやすい
- 印象に残って覚えやすい
- タイムレス 時代や流行に左右されない
- さまざまな媒体で活用できる
- 世界観がマッチしている
前田:
う〜ん……。正直言って、この5つは基本中の基本、「基本のキ!」って感じですね。もちろんぜんぶ正しいけれど、むしろ当たり前すぎるよねっていう。この5つを外していたら、プロと名乗っちゃいけないかなあ。
北村:
そ、そうですよね。
前田:
良いロゴを作るには基本をおさえた上で「良いロゴとはなんぞや?」って自分なりの定義を洗い出すことが大事です。デザインするからには良いものを目指したい。その「良い」って具体的にはどういうことなのかを言語化していく。それをデザインに落とし込むことで、オリジナリティが出てきます。
この「基本中のキ」だけを意識してロゴを作っちゃうと、似たり寄ったりのロゴがたくさんできちゃうんじゃないかな。
北村:
どこか見覚えのあるロゴが大量生産されちゃう、ってことでしょうか。
前田:
そうです。ブランディングって、もともとの由来は「家畜の牛に焼き印をつけて区別するもの」だったんです。同じように見える牛それぞれに違いをつけるためのもの。「これはうちの牛だ!」って明確にするためのブランドロゴなのに、似たようなものになっちゃったら意味がないですよね。
「何に使うためのロゴなのか?」をしっかり踏まえないと、良いロゴは生まれません。
北村:
デザインも、ロゴも、何のために作るのか……つまり、目的をしっかりさせたほうがいいんですね。前田さんにとっての「良いロゴの特徴や定義」についても知りたいです!
前田:
僕がつくるロゴは、いわゆる「コーポレートロゴ」が多いです。コーポレートロゴ制作の目的は「志(こころざし)の再定義」と呼べるんじゃないか、と考えています。
北村:
「志の再定義」ですか。
前田:
やっていることは企業のブランディングと同じです。新しく会社を作る!くらいの意気込みでロゴを作ります。社員のみんなが、自分の会社のロゴを見たときに誇りに思えるような、志の北極星を作ることを目指す。
北極星のように明確な目印があれば、企業のWebサイトデザインや商品、サービスなどをつくるときも迷わなくなるんですよ。ロゴデザインが世界観の物差しとなって、道筋を整えてくれます。
たとえば会社として広告を出すときも、クリエイティブをどうするか迷いがちですよね。ロゴデザインの時点で方針が固まっていれば、会社として世に出すクリエイティブの方向性や世界観に統一感が出やすい。いわば、ロゴデザインが企業クリエイティブの土台になるんです。
北村:
なるほど。ロゴデザインがすべての根幹を担うんですね。
前田:
ロゴをつくるときって、どうしても「表面上のデザインや形を追いかける」考え方になりがちだと思うんです。でも、ロゴの本質は「意志」と「造形」。ふたつあってひとつです。
とはいえ、意志を大事にしすぎて造形が疎かになってしまっては本末転倒です。バランスが大事ですね。
北村:
意志が決まり、造形に入った段階で「やっぱりこれは違う!」って白紙に戻ることもあるのでしょうか?
前田:
しょっちゅうですよ。あらゆる可能性を考えてつくっているので「この会社のデザインのコンセプトとは違うかもしれないな」と気づいたら、潔く捨てます。僕の好みだけで決めないように気をつけていますね。
ファッションでもそうでしょう。自分が着たいと思う服が、必ずしも自分に似合うとは限らない。似合わない服を無理やり着てしまうようなことが起こる。ロゴデザインも、自分の好みだけで決めちゃうと、そういったズレが生じるんですよね。だから、違うと思ったときは思い切って捨てます。
北村:
私だったら「せっかく頑張って作ったのに〜!」って思いが先行して、なかなか捨てられそうにないです……。
前田:
それでも、捨てないといけないときがあるんですよ。一つの案しかないと、そればっかりを大事にして視野が狭くなってしまいますから、一つの案に執着しないよう複数案つくっておいたほうがいいですね。
北村:
実際に前田さんがロゴデザインをするときに、意識されているポイントについて教えてください!
前田:
5つあります。
まずは「一撃で伝える」こと。あらゆる情報を圧縮して、見た人に一撃で伝わるようなデザインを心がけています。僕はこのことを「情報バズーカ」と呼んでいます。デザインは伝えたいことを一瞬で伝える情報バズーカでないといけません。
そして「ポリシーがあること」。とくにコーポレートロゴは、その企業が大事にしている言葉や理念が必ずありますから、それを体現するようなロゴにします。
「“ならでは”のデザインがある」ことも大事です。この企業ならでは、この企業だからこそ成り立つロゴであることを意識する。企業=主語が置き換わったら成立しないロゴであることは、デザインの独自性に繋がります。
最初の「一撃で伝えること」にも通じますが、一目見ただけで「意識を奪う」ロゴにするのも意識しているポイントです。「無視できない何か」を入れておくと、見た人の印象に刻まれ、埋もれてしまわないデザインになります。
そして最後に「捨てられない」。捨てられないデザインとは、デザインのクオリティに直結します。たとえチラシであっても、飾っておきたくなるようなクオリティの高いデザインを目指します。ざっくりとですが、この5つのポイントが、僕がロゴデザインをするうえで大事にしていることです。
北村:
では、前田さんがロゴデザインをするときは、どんなステップで進めているのでしょうか?
前田:
おおよそですが、こんな感じで作っています。
まずはいわゆる「5W1H」に沿って、徹底的に情報を集めます。イベントロゴの場合はとくに情報収集しますね。「誰が見るのか?」「どんな風に使われるのか?」「どんなところに掲示されるのか?」などなど。
コーポレートロゴの場合は、代表の方にヒアリングをします。この工程はじっくり時間をかけていますね。情報を集めながら、「ロゴデザインの決めどころ」を探っていくイメージです。
次に、ロゴデザインにおける目的や目論見を明確にします。
ブランディングのためなのか、集客を目指しているのかなど、ロゴをデザインする目的をしっかり明確にします。ロゴデザインの土台をつくったら、ブラッシュアップしていく流れに入ります。
デザイン案はおよそ30〜50個くらい制作します。それでも少ないほうかもしれないですね。コーポレートロゴのように、長期的に使うことが見込まれるロゴについては、もっとたくさんの案をつくります。
情報を集めたら、それを元にモチーフや色を決めます。この過程は、時と場合によって順番が変わるかもしれませんね。使う色だけが先に決まっていることもあります。
「ロゴの印象を決める=ロゴを見た人の感情のゴールを決める」とも言い換えられるかな。このロゴを見て、人はどう感じるのか?自分はどう見てほしいのか?を決める。そのためには、情報が必要不可欠です。
ロゴデザインは、必ず紙にプリントアウトし、原寸大のサイズで見比べて確認します。モニターで見るよりも、実際に手に取れる形のほうが客観的に見られるんです。
細かい微調整などを繰り返していると、自分がつくったロゴに愛情が傾きすぎて、どうしても主観的な見方になっちゃうんですよね。プリントアウトして、離れたり近づいたりしながら確認することで、初めて気づくポイントもあります。
プリントアウトして客観的に確認しつつ、他者の感想も積極的に聞きます。第三者からはどのように見えるのかを聞くと、参考になる点がとっても多いです。自分が設定した「感情のゴール」にブレがないかどうかもチェックできるので、ロゴデザインのときは周囲の人に感想を聞くのをおすすめします。
北村:
ついにこの時間がきてしまいました……。デザイン初心者、もちろんロゴなんてつくったことのない私が、前田さんにロゴデザインのレクチャーを受けるというとんでもない時間が……。
見てもらうのも恐れ多いのですが、「ミニシアターに特化した映画メディアのロゴ」を作るという設定で、3つのロゴをつくってきました!
北村:
まず、一つめがこちらです。
前田:
おお! ロゴをつくるの、本当に初めてですか? すごいですね!
北村:
え! ありがとうございます! とは言いつつ、Adobe Expressに標準で装備されているテンプレートを使っているんですが……。
前田:
中央に映写機のマークがありますが、これもテンプレートですか?
北村:
そうです。
前田:
なるほど、良いですね。ロゴっぽい形になってますよ! Adobe Expressって、バナーだけじゃなくてロゴも作れるんですね。テンプレートがあるなら「まずはつくってみよう!」っていうとっかかりを得やすいし、ロゴをつくる楽しさにも辿り着きやすそうです。
北村:
確かに、知識や技術がなくても直感的に作業できたので、楽しかったです!
前田:
正直、「Adobe Expressでロゴなんてつくれるわけがない」って思っていました(笑)。この企画、受けてよかったのかなあって思ってたんですけど、はじめの一歩としては全然ありですね。
このロゴの良い部分は、フォント選びと文字間隔です。真ん中にある映写機のアイコンも、映画メディアということが伝わってくるのでバッチリ。アドバイスするとしたら、映写機のアイコンをもうちょっと小さくするとか。
あとは、下部にある「MTF」の文字が円に沿って配置されているので、直線にしてもらったほうがいいですね。
北村:
なぜ直線に配置したほうがしっくりくるんでしょうか?
前田:
文字数が短いと、図形に沿って配置されているかどうかが一目でわからないんですよね。むしろ「なんでズレているのかな?」って違和感につながってしまう。
北村:
た、確かに……。
前田:
あとは「Since」「1994」のフォントを明朝体にしたいですね、「MINI THEATER FAN」と違いをつけるために。ついでに「MINI THEATER FAN」のテキストサイズも少し大きくしてください。
北村:
す、すごい! ちょっと微調整しただけで、パッと見たときの印象がまったく違いますね。ちなみに、色はそのままでも大丈夫でしょうか?
前田:
レトロっぽい雰囲気が出ていますし、そのままでいきましょう。あまり多くの色を使えばいいわけでもないので。
北村:
初心者的には、ロゴは色があればあるほど目立つからいいのでは?とも思ってしまいますが……。
前田:
先ほどの話にも通じますが、色の使い方はファッションと一緒です。デザインになると急に構えちゃうけどその必要はないですよ。たとえば「赤の上着に緑のパンツ」とか、クリスマスパーティでもない限り着ませんよね。一方で「真っ黒のトップスに真っ赤なスカート」とかは、鮮やかでカッコいい。ロゴも一緒で、ワンポイントで使うからこそ色は映えるんです。
北村:
な、なるほど!
真ん中にある映写機のマークも、元の大きさより小さくしましたよね。
前田:
人と同じで、文字やマークにもそれぞれの「パーソナルゾーン」があります。
文字の場合は、まわりに空間があると視認性が上がって読みやすくなります。今回のロゴでいうと「映写機だ」と認識しやすい。よくデザインのコツとして「余白を作れ」って言われると思いますが、本質的には「要素同士をくっつけちゃいけない」ってことなんです。それぞれの要素には、パーソナルスペースが存在するので。
前田:
ふたつめのロゴ、色が素敵ですね! だけど、真ん中にあるマークは、映写機というよりはレコードに近いかな。
北村:
一応、映写機のフィルムをイメージしてみたんですが……。
前田:
きっと、パッと見だとそれが伝わらないかも。もっとわかりやすいモチーフに変えてしまってもいいかもしれないですね。あと「CINEMA CONNECT」の文字のカーブが大きくて、外側の円と合っていないので、テキストサイズとカーブの角度を調整してあげましょう。
北村:
テキストサイズを小さくして、カーブの角度を変えて……。先ほど教えてもらった「パーソナルゾーン」にも通じますね。テキストと、中央のマークの位置が近すぎたのか……。
…………これ、微調整をし続けていると、だんだん訳がわからなくなってきませんか?
前田:
そう、しょっちゅう訳がわからなくなります。だから、わざと時間を置いてみたり、いったんプリントアウトして客観的に見たりするのが大事です。こういった微調整は、デザイナー20年やっていても時間がかかりますよ。
前田:
あ! 「CINEMA」のCとTの角度が違いますね。左右対称になってません。
北村:
え!? (なぜそんなにすぐに違和感ポイントを見つけられるんだ……)
前田:
下にある「ミニシアターFAN」の文字も、いっそなくしてしまうか、英語表記にしてフォントで調整するのもありかもしれません。テキストサイズも大きくして、円に合わせて調整すれば……。
北村:
ほ、ほんとだ! テキストサイズ、マークの大きさや位置、フォントを調整してみるだけで、ロゴの印象がまったく違う……!
前田:
良い調子ですね。さあ、次も見てみましょう。
北村:
正直に言うと、最後のロゴがいちばん自信がないです……。こちらもAdobe Expressのテンプレートを使用したんですが、文字を変えたり位置を動かしたりしていたら、原型がなくなってしまいました。これはそもそもロゴとして成り立っているのでしょうか……?
前田:
大丈夫、ロゴとしては成り立ってないこともないです。ただ、右側にある映写機のアイコンが気になりますね。違うアイコンに変えて、向きを斜めから真っ直ぐにしましょうか。
前田:
そのままテキストの左に設置しましょう。大きさはテキストサイズと同じで、ラインも揃えてあげます。テキストや画像の位置調整をするときは「端と端を合わせる」と覚えておくといいですよ。ついでに「MTF」の「T」の位置も揃えましょうか。
北村:
おお……! どんどんまとまってきました!
前田:
真ん中に空きが出てしまうので、要素をギュッと集めたいですね。全体的に左寄りなので、中央に持ってきましょう。
北村:
真ん中に集めつつ、全体的に右に……少々お待ちください……。よっと。
北村:
おお……! すごい! BEFOREがひどかったせいか、AFTERの素晴らしさがより際立って感じられます……。
前田:
職業柄、まだまだ調整したい箇所はたくさんあるんですが、そろそろ時間になっちゃいましたね。こんな感じで、ロゴのデザインは「秩序を整えていく」のが大事です。
北村:
テキストサイズやマークの大きさ・位置、フォントの種類も含めて、微調整をするだけでも印象が変わるんだなと新発見でした。こんな初心者のド素人に丁寧に教えていただいて、ありがとうございます!
前田:
Adobe Expressは、北村さんのような「ロゴデザインをしたことがない初心者」の方にも開かれているツールなんだと思います。まずはいろいろと触れてみて、デザインの面白さや楽しさに気づく人が増えてくれたら嬉しいですね!
北村:
最後に、私のようなデザイン初心者に向けて、ロゴをつくるときのアドバイスをお願いします!
前田:
ひたすら「造形を磨く訓練」をしましょう。街中にはいろいろなデザインのロゴが溢れているので、それを観察するのがおすすめです。一番大事なのは「そのデザインを見てどう感じたのか?」を記録しておくこと。写真を撮ったり、メモに残しておいたり。
北村:
ちなみに、だいたい何個くらいのデザインを見ると、審美眼みたいなものが養われるでしょうか?
前田:
まあ、1,000個くらいですかね。
北村:
せ、1,000個……!?
前田:
1,000個も見ていたら、おのずと似ているデザインもたくさん見ることになります。そのうち「世のなかのデザインにはパターンがある」って気づくんですよ。「またこの組み合わせか!」みたいな。
見たままをマネするのではなく「このデザインを見てこう感じた」という、感情を動かす要素の部分をマネるんです。デザインの表面だけじゃなく、言語化できるレベルまで感情を掘り下げる。「自分がいいと思う要素ってなんだろう? どう感じるんだろう?」って深掘りするのを癖にすれば、自分にとっての「良いロゴの定義」にもたどり着けるはずですよ。
……それにしても、北村さんはこれまで僕が教えてきたなかでも、ダントツの初心者だったな〜。専門用語を使わずに工夫して伝えようとするなかで、僕としてもたくさんの気づきがありました。今日はありがとうございました!
北村:
最後の最後まで優しい前田さん、一生ついていきます!!
(執筆:北村有 編集:くろぎ、じきるう)
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