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菊池良が見た、ハイパーノマドワーカー #03 – 大蛇に食われ始めている女【フェイク・ノンフィクション】

大蛇に飲まれるノマドとトランスフォーマー
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マリッサは身体が大蛇に飲まれ始めているノマドワーカーである。大きく口を開けた大蛇が下半身をすっぽり覆っている。彼女が待ち合わせ場所のカフェに来たとき、店内は少し騒然となった。なにせ下半身が大蛇に飲まれているのだ。「大丈夫?」と聞く人もいる。そりゃ聞きたくなるさ。でも、彼女が平気そうな顔をしているので、みんなすぐ気にしなくなった。

「どこから話したらいいか……」

彼女が大蛇に飲まれたのは約2ヶ月前のこと。ずいぶん前だ。ある晩、住んでいるマンションに帰宅すると、キッチンに大蛇がいた。彼女は夕食用のカップラーメンを持っていたのだが、それどころじゃなくなった。逆に自分が食べられてしまったのだから。

「けど、食べられたのは下半身だから仕事はできています。キーボードが打てれば何とかなるから」

それでもいつ上半身まで食べられるか、怖くてしかたないという。

「そうなったら仕事ができなくなるから……」

大蛇に飲まれた状態で、電車移動すると周囲が奇異な目で見てくるので、マリッサはもっぱら自動車で移動している。大手駐車場チェーンが展開しているカーシェアリングサービスを使っているのだ。

「どこにでもあるから便利。しかし、先日大変なことになった」

利用したカローラがトランスフォーマーだったというのだ。しかも、助手席には見覚えのある顔が座っており、それは第16代アメリカ合衆国大統領のエイブラハム・リンカーン(1809~1865)だった。ちょっとした一大事である。私は聞かずにいられなかった。

「それは、どうなったんですか?」

彼女は深い溜め息をついて言った。

「どうもこうもないですよ。目的地に着いたら車を駐車場に置いて終わりです」

彼女は「下半身が大蛇に飲まれている私は、大統領いかが思いますか」と聞いた。彼は笑いながら「元大統領ね」と前置きし、こう返事したそうだ。

「がんばってね」

彼女が目的地に着くと、リンカーンは降りて、車はすぐにオプティマス・プライムにトランスフォームした。カーステレオからはN.W.A.のファック・ダ・ポリスが流れている。これから何かが起きそうだった。

「でも、それは私には関係ないことだから」

大蛇に飲まれるノマドとトランスフォーマー

大蛇を引きずりながら、彼女は打ち合わせに参加した。終わりの見えない3時間の会議だった。同じ議題が何回もループし、そういう世界に紛れ込んでしまったのかと思った。一応の区切りをつけ、オフィス・ビルから抜け出すと、辺りはやけに静かだった。通りには誰もいない。

「だから、快適でした。車がスイスイ進むから」

彼女はそう言ってからコーヒーを飲み干した。それは「この話はこれで終わり」という合図だった。私は会計をしようと店員の姿を探した。しかし、見当たらない。「すいません」と声を挙げても反応がない。気が進まなかったが、立ち上がり、カウンターの中へ入った。するとそこには大きな大蛇が横たわり、腹部をパンパンにしていた。私は一瞬で理解して、金を払わずに店を出た。ラッキー。コーヒー1杯650円だったからな。2人で1300円。コーヒーだけでだよ? 外はひどく寒くて、ヒートテックを着てこなかったことを後悔した。

「あ、原稿を書いたら確認を……」

振り返ると、そこにいるはずのマリッサはいなかった。それどころか、誰もいないのだ。この街には。

家に帰り、電気ストーブをつけると、私はこの文章を書き始めた。しかし、とても書きにくい。なぜなら、この文章を書いている私も下半身を大蛇に飲まれているのだった。大蛇を引き離そうとすると下半身が引きちぎられてしまうので、解決策はない。テレビではエイブラハム・リンカーンが演説をしている。遠くで銃声音がした。

 

世の中にはさまざまな働き方がある。この連載ではハイパーメディアジャーナリスト・菊池良が目撃した多様なノマドワーカーの世界を紹介していきたい。

 

企画・文:菊池良

イラスト:見る目なし

 

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