2026年1月施行の取適法(旧 下請法)で、フリーランスと企業の関係はどう変わる?【社労士解説】

2026年1月施行の取適法(旧 下請法)で、フリーランスと企業の関係はどう変わる?【社労士解説】

多くの企業にとって、フリーランスなど社外のプロフェッショナルの活用は重要性を増しています。

サイト開発、システム構築、デザイン、マーケティング、コンテンツ制作など、業務委託でフリーランスや専門会社を活用することは、変化の激しい現代の企業運営において不可欠な戦略となっています。

しかし、2026年1月に施行される「中小受託取引適正化法(通称「取適法」、旧「下請法」)」は、この外部パートナーとの関係性を根本から見直すよう、企業に迫っています。

これまで「パートナーと協業はしているが、『下請け』なんて使っていない」「うちの会社は規模が小さいから、下請法は関係ない」と考えてきた人事担当者や経営者も多いかもしれません。

しかし、今回の法改正が目指すのは、単なる「下請け」という名称の変更だけではありません。委託側(企業)と受託側(フリーランスなど中小事業者)の「地位の格差」を是正し、物価上昇を受託価格に適切に転嫁(値上げ)できる仕組みづくりにあります。

今回の法改正を、単なる規制の強化やコスト増と捉えるか。はたまた、「フリーランスなどの外部パートナーと共存共栄を目指すための、土台作り」と捉えるかによって、今後の企業の未来は大きく変わるでしょう。

社労士の視点から見れば、今回の法改正は、「フリーランスなど外部パートナーをいかに尊重し、長期的な信頼関係を築いて持続可能な事業を実現するか」という経営の本質的な課題を浮き彫りにしています。

本記事では取適法の趣旨を踏まえ、企業とフリーランスの関係がどう変わっていくべきかを考えます。

もひもひ
もひもひ

開業社会保険労務士(東京都社会保険労務士会所属)、特にIT/Web業界を中心に支援している。趣味は同人活動で、評論同人サークル「さかさまダイアリー」より同人誌「村上春樹っぽい文章の書き方」シリーズなど発行。(X:@mo_himo

取適法が定めている主な内容

取適法の適用対象の中でも、特にWeb・IT業界に関わりが深いのが「情報成果物作成委託」です。

これは、ソフトウェア開発や取扱説明書の作成、ポスターのデザインや映像制作、キャラクターデザインや脚本制作などさまざまな業務が想定されます。

デザインや映像制作の場合、従業員数101名以上の企業が、従業員数100名以下の事業主(1人も使用していない個人フリーランスを含む)に委託するような場合に、取適法の適用対象となります。

※従業員100名以下であっても、資本金の金額によって適用の可能性あり。また委託する業務の内容によっても基準が異なるため、詳細は公正取引委員会のサイトをご確認ください。

これまでの下請法では、「発注内容を事前に書面やメール等で明示しなければならない(口頭はダメ)」や「受託側の責任がないのに、委託側の都合で発注を取り消したり、受領を拒んだり、減額したりしてはいけない」などのルールが定められてきました。

これらは、立場が弱くなりがちな受託側の中小事業者を保護するものであるため、仮に受託側の了承を得ていたとしても違反になりうる厳しい規則です。これに加えて2026年1月の法改正では、新たに「受託側が値上げの協議を求めたにもかかわらず、協議に応じなかったり、必要な説明を行わなかったりするなどして、一方的に代金を決めること」も禁止になりました。

これには、例えば納期が短縮されたり、受託した業務の遂行に必要なコスト(例:ソフトウェアのライセンス料)が値上がりした際などに、報酬に転嫁しやすくする意図があります。

また、多重下請け構造の中で責任の所在が曖昧になり、その結果、有無を言わさず価格が決定されるといった事態を減らすため、今後はより厳格に運用され、取り締まりも強化されることが想定されます。

取適法の観点で問題がある想定事例

私はこれまで、企業とフリーランス間のトラブルを数多く見てきました。

こうした実務事例を踏まえ、「いかにも起こりそうな、取適法の観点で問題がある」想定事例を紹介します。

  • YouTube用の動画の編集を委託していたが、その後ロケ地となった施設から映像使用承諾がおりず、動画公開ができないことになったため発注を取り消した。
  • プログラム開発を委託していたが、納入後に自社テストエンジニアの稼働が逼迫していたため検収ができず、結果として納入後60日を超えて報酬を支払うことになった。
  • 広告会社が映像を委託し、一度完成品を受領したが、その後クライアント企業から修正依頼が来た。それに伴い撮り直しのロケが生じたが、追加費用を払わなかった。
  • データ分析を委託していたが、作業中に元データの差し替えを要求し、その結果として分析レポートの納品が遅れたことを理由に報酬を減額した。
  • Webサイト制作を委託し、知的財産権は受託側(フリーランス)に帰属する契約だったにもかかわらず、成果物を二次利用した際の収益を渡さなかったり、収益の配分方法を一方的に決めたりした。

これらの事例は、いずれも法律に抵触する可能性があることはもちろん、そもそもビジネスパーソンとしてリスペクトがあれば起こり得ない事態でもあります。

フリーランスなど中小事業者の活動を阻害するような取引をしていると、これまで以上に高い法的リスクとなって自社に跳ね返ってくる可能性があるのです。

「選ばれる会社」になるためのクリーン発注戦略

2026年に向けて企業に求められるのは、罰則を免れるための小手先の変更ではありません。

取適法施行を契機に、「外部パートナーから選ばれ続ける会社」となるための、クリーンな発注体制を構築することです。

優秀なプロフェッショナル人材は、自分のスキルを社会に対して最も良い形で還元するため、取引先の「契約内容」や「日々の姿勢」を敏感にチェックしています。

法への対応がしっかりできていること自体が、「健全な経営体制」と「プロへのリスペクト」の証明となり、優秀なプロフェッショナル人材に選ばれることに繋がります。

以下では、「選ばれる会社」が実践するべき、具体的な2つの方法を解説します。

1. 価格交渉の透明性の確保と、協議記録の保存

取適法では、フリーランスからの値上げ要請があった場合に「協議に応じる義務」が明確化されます。

そこで、まずは守りの対策として、価格決定のプロセスを明確にし、値上げ要請があった際の「協議記録」をどのように残すかという社内ルールを策定しましょう。「忙しいから」と協議を無視したり、値上げ根拠となる情報を伝えられているにもかかわらず「検討できません」などと一蹴したりすることは、法律違反のリスクがあります。

攻めの戦略としては、適正価格を支払うことを「コスト」と捉えず、「優秀なプロの継続的なスキル向上」への投資と捉え直すことが大切です。

「いつもこの価格でやってもらっているから」でなんとなく価格を据え置くのではなく、市場状況を踏まえて見合った価格を提示しなければ、「選ばれる会社」として生き残っていくことはできません。

これに加え、事業の売上状況や今後の見通しなど、財務面の情報を可能な範囲で開示できるとより望ましいでしょう。受託側が納得できるよう先回りして情報提供することも、企業とプロの「共存共栄」の実現に不可欠なスタンスです。

2. 明確な「書面交付」と「納品検収ルール」の整備

口頭での発注や仕様変更依頼、曖昧な検収期間がトラブルの温床となることは少なくありません。

法律で定められている内容(代金・納期・支払期日など)を書面やメール等で明示することは当然として、仕様変更や検収におけるオペレーションもしっかりと体制構築しておくことが重要です。

例えば、「仕様変更時は必ず、書面による追加発注と報酬改定のプロセスを踏む」ことや、「納品物の検収期間を具体的に定め(例:納品から5営業日以内)、その期間内に不備を具体的に指摘できなければ、検収完了とする」などのルールや関連フォーマットを整備しておくことが有用です。

社労士が提示する未来へのスタンス論

取適法への対応を進める中で、人事・経営者が決して見失ってはならないのが、「労働者」の概念の広がりという、もう一つの大きな時代の潮流です。

厚労省は最近、労基法における「労働者」の定義について検討する研究会を設置しました。

昭和の時代に定められて以後、大きな変更がなかった「労働者」の判断基準をどうすべきかが検討されており、昨今の実情に合わせる形で、近いうちに「40年ぶりの大改正」が行われる可能性があります。

この改正では、フードデリバリー配達員などの「プラットフォーム労働者」についても保護の対象とすべき「労働者」に含めるなど、定義を広げることが予想されています。

つまり、これまで「フリーランス」として扱っていた人材が、より強い権利を持つ「労働者」として保護すべき人材になっていく可能性があるのです。

こうした法改正が行われるか否かや、その内容は不確定なものの、企業が取るべきスタンスは明確です。

法規制の抜け穴を探したり、「ギリギリセーフのライン」を狙うのではなく、「プロフェッショナルに対して、業務に見合った適切な報酬を支払い、軽視した振る舞いはしない」という原則で、業務フローを改めて構築すること。このスタンスこそが、今回のみならず、今後の法改正や規制強化に対する最も強固な防御策となります。

さらに、外部パートナーを尊重する姿勢を持ち続けることが、優秀なフリーランスに「この会社となら長期的に働きたい」と思わせ、事業を成長させる戦力として活用し続けられる土台にもなるのです。

2026年1月は、単なる法改正対応のデッドラインではありません。

「外部パートナーとの関係性の質」を向上させ、会社の競争力を決定づけるターニングポイントとして、前向きに向き合うことをおすすめします。

(執筆:もひもひ、編集:夏野かおる)

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