【社労士解説】解雇規制緩和はフリーランスにとって絶好のチャンス?
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2023年からの本格導入が始まった「インボイス制度」。多くのフリーランスが実質的な増税の可能性に直面し、SNSで反対意見が相次いだり、2022年参院選の争点になったりもしました。
しかし、複雑ながら影響の大きな制度ゆえに、「フリーランスが全員死ぬから導入反対!」「脱税ばかりのフリーランスから税金を取り立てるのは当たり前!」など、やや感情的な主張・議論も多いのが現状です。「もっと冷静に、中立的な視点からインボイス制度のことを知りたい」という方も多いのではないでしょうか。
そこで今回は、自身もインボイス制度の影響を受けるフリーランスである筆者が、公認会計士・税理士の山内真理先生と、税理士の伊沢成貴先生に、「インボイス制度の疑問」を聞いてみました。
公認会計士・税理士。一橋大学経済学部卒。2011年にアート・カルチャー・クリエイティブ領域を専門とする会計事務所を設立し、現在に至る。公認会計士山内真理事務所/株式会社THNKアドバイザリー代表。Arts and Law理事、東京芸術祭監事、文化審議会文化経済部会 基盤・制度ワーキンググループ専門委員ほか。https://yamauchicpa.jp/
税理士。都内会計事務所勤務を経て、2017年に公認会計士山内真理事務所に入所。会計税務の側面からアート・カルチャー・クリエイティブ領域の支援に従事。
フリーライター/編集者、ファイナンシャルプランナー。Workship MAGAZINEのマネー担当だが、インボイス制度についてもっと知見を深めたい。
目次
齊藤:
会計業界の最前線にいる先生方は、「インボイス制度が導入される」と聞いてどのように感じましたか?
山内:
「いずれの導入はやむを得ないが、ついにそのときが来たか……」と思いましたね。
そもそも、インボイス制度は欧州諸国など国外ではすでに存在していましたし、日本でも導入議論は消費税創設時からありました。導入に向けた動きが本格化してきたのは、軽減税率の導入議論が活発化し、閣議決定された2016年前後のことです。
そもそも軽減税率(※1)の制度自体が、インボイス制度の導入を見据えたものです。なので、遅かれ早かれインボイス制度が導入されるのは、業界内ではよく知られていたんです。
※1 軽減税率:
消費税は原則10%だが、生活必需品など一部品目の消費税が8%になる制度のこと
伊沢:
山内先生の言うように、インボイス制度は海外だと10年前くらいから導入されていましたし、違和感はなかったですね。
税金や税制の適正な運用、電子インボイス(※2)の導入なども見据えての制度化だと思います。
※2 電子インボイス:
適格請求書(インボイス)を電子化したデータのこと。電子データの規格を国際標準仕様である「Peppol」に準じたものに統一することで、DXや国際化につながるとされる。
伊沢:
ただ、インボイス制度導入が検討された2016年当時もニュースなどでも取り上げられていたんですが、世間的にはあまり話題にならなかったように感じます。
制度が複雑なこともあり、「自分には関係ない」「何の話か分からない」というような状況で、そのまま導入が決定。そして、導入直前のいまになってようやく騒ぎになったという印象もあります。
齊藤:
「インボイス制度の導入は自明だった」とのことですが、そもそもインボイス制度を導入していない現状では、どのような問題があったのでしょうか?
山内:
インボイス制度が導入される背景を知るためには、大前提として「消費税」という制度をしっかり理解する必要があります。
消費税が日本ではじめて導入されたのは1989年4月1日のこと。それまでは所得税という形で主に「所得がある人」から税金を徴収していました。
しかし、少子高齢化社会に突入し、所得がある人から税金を徴収するモデルでは、財源を確保できる見通しが立たなくなりました。そこで、子どもから高齢者まで「消費する人」の全員から広く税金を確保するために、消費税が導入されたわけです。
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齊藤:
なるほど……。ただ、ここまでの説明ではインボイス制度との直接的な関係性が見えてこないですね。
山内:
大切なのはここからです。消費税導入は、ほとんどの国民の税負担が増えることから、世論の猛反発を受けました。そこで、すこしでも消費税に対する風当たりを和らげるために、現在の「事業者免税点制度」が生まれたわけです。
消費税は、税金を負担する人と国に納める人が違ういわゆる「間接税」にあたる税金なのですが、売上が一定額以下の小規模事業者は「消費者からもらった税金を国に納めなくていいですよ」と決められたんですね。こうして事業者のもとに残った「納めなくてもいい税金」が、いわゆる「益税」と呼ばれるものです。
齊藤:
つまり、国はその「益税」を廃止する方向に動いたと。
山内:
そうですね。間接税の仕組みのなかで、消費税の納税の公平性を担保する観点からすると、益税が発生するのはやっぱりヘンな話。
消費税が社会に浸透し、インボイス制度の導入をとおして益税を廃止できる環境が整った以上、インボイス制度の導入はある意味で「消費税制度のゴール」であり、「国の悲願」なんです。国側からすれば、「益税はなくして当然」と判断するでしょう。
また、消費者からしても「どうして私たちの払った税金を小規模事業者は納税しないの?」と感じるはずです。諸外国ではインボイス制度の導入によって多くの免税事業者が課税事業者を選択していき、結果として免税事業者が取引上徐々に淘汰されていき、結果として益税部分が実質的に無くなっていく流れとなりました。
齊藤:
賛否はともかく、インボイス制度が生まれたのは当然の流れだったことは理解できました。ただ、それをフリーランスが受け入れられるかは別問題ですよね。
伊沢:
そうですね。私も、山内先生が言ったように制度運用の意味では理解できますが、フリーランスのかたが納得できない理由はよく分かります。「制度をあるべき姿に戻すため」と言われても……という感じですよね。
私が思うに、そもそも消費税のことをほとんど意識せず、極端に言えば消費税を「とりあえず請求書で売上に10%上乗せされるもの」と思っていたフリーランスのかたも多いでしょう。齊藤さんも、消費税分も含めて「利益」だという感覚はありませんか?
齊藤:
たしかに、そう考えていた節はあります。
伊沢:
そうなると、当然「利益が減る」という捉えかたになってしまうわけです。この感覚は理解できますが、一方でこれは消費税制度への理解が十分でないことの現れ。この状態で、フリーランスのみなさんが半ば強制的に課税事業者になることには不安も感じますね。
齊藤:
インボイス制度の導入によるフリーランスへの影響はすでにいろいろ明らかになっていますが、改めて先生方の見解を教えてください。
山内:
まず、ハッキリ言って良い影響は殆どないと思ってください。例外的に消費者相手のビジネスや免税事業者同士のビジネスでは、インボイス登録の要請が強くないと考えられますので悪影響が出にくいと予想されています。
ただ、そうでない場合、つまり事業者相手のビジネス全般では基本的に悪影響が多く、インボイス登録を行い、課税事業者になった場合は通常以下の3点のいずれか、または全てが問題になるでしょう。
また、「利益が減る可能性がある」という問題ともリンクしますが、競合他社との価格競争でも不利になる可能性が高いです。いままでは消費税相当額分を利益にできたため、商品やサービスの価格を割安に設定できました。だから事業が成立しやすく、同時に「ちょっと値引サービスしておきますね」みたいなある種の「ゆるさ」があっても生活していけたんです。
齊藤:
インボイス制度の導入で、小規模事業者は事業そのものの成立が危ぶまれる……と。
山内:
はい。生活のために価格を上げざるを得なくなるので、ビジネスモデルを見直し、経営努力をするしかない状況が到来する可能性は高いです。同時に、ビジネスはドライになり、「ゆるさ」は失われていくでしょう。なかには、廃業を選択せざるを得ない人も出てくると思います。
消費税を納税せず、免税事業者のまま事業を続けるという選択肢もありますが、取引先の税負担のことを考えると中・長期的には課税事業者への転換を迫られることになりそうです。
齊藤:
その「課税事業者への転換を迫られる」という意見はよく耳にするのですが、どうしてフリーランスは課税事業者を選択する必要があるのでしょうか?
伊沢:
インボイス制度の導入後は、課税事業者との取引以外で「仕入税額控除」という控除が制限されます。これは、取引先に払った消費税を、客先から受け取った消費税から差し引きできる制度で、取引先が課税事業者でも免税事業者でも、仕入税額控除が制限されないから消費税を納めなくてもいいフリーランスに消費税を払っていたんです。
しかし、仕入税額控除が制限されるとどうなるか。免税事業者に払った消費税は、損になってしまいます。そうなれば事業者は当然、消費税分を支払いたくないので、消費税の請求をさせてもらえなくなる可能性があります。
齊藤:
インボイス制度といえば、なにかとフリーランスの負担だけにクローズアップされがちです。しかし、「課税事業者への転換をお願いする立場」ともいえる企業側にとって、インボイス制度はどのような影響を与えるのでしょうか?
山内:
意外かもしれませんが、じつは企業側にとってもインボイス制度はデメリットだらけなんです。
先ほどもお話ししたように、課税事業者登録をしていない仕入先や外注先に支払った消費税は、原則として仕入税額控除ができなくなります。そして、取引先が課税事業者なのか、免税事業者なのかを把握し、管理する事務手続きも増えます。
「全員に課税事業者への転換を迫ればいい」「免税事業者を切ってしまえばいい」と思われるかもしれませんが、話はそんなに単純じゃないんです。
齊藤:
それはなぜですか?
山内:
たとえば、取引上優越的な立場にある発注側が、免税事業者である取引相手に対して、「課税事業者にならないなら取引を打ち切る」といったことを一方的に通告する行為は独占禁止法に抵触するおそれがあります。
また、発注側が免税事業者である下請事業者に対して、インボイス制度開始後に一方的な値下げを通告したり、課税事業者になったにもかかわらず価格交渉に応じず据置きを通知するといった行為は、下請法に抵触するおそれもあります。
そこで企業側は、免税事業者の負担にも配慮し、丁寧に協議や交渉をおこなう必要があるわけですが、そもそもそうした協議や交渉をおこなうこと自体が大きな手間でありストレスですよね。言い方を一歩間違えれば法律違反になるリスクがあり、法律には抵触しない場合も、交渉の過程で取引先と険悪な関係になってしまう可能性があるからです。
こうした影響が無視できないことから、インボイス制度には経過措置が設けられており、当初の3年間は免税事業者の消費税相当額の8割が控除でき、その後の3年間は5割を控除できるとされています。価格交渉においてはそうした点も考慮し、取引当事者双方が落としどころを協議していくことになるかと思います。
伊沢:
インボイス制度に関連して、フリーランスのみなさんはピリピリしています。そんな状態でヘタな対応をすれば、SNSやクリエイター向けのプラットフォームなどで「こんな酷い対応をされた!」と告発されるリスクがある。たとえ法律的にはOKでも、告発されれば炎上する可能性は十分ありますよね。
齊藤:
たしかに、SNSの時代だからこそ告発のリスクはあまりにも大きいですね……。インボイス制度は企業側にも大きな負担だと分かりました。
伊沢:
当面は免税事業者に支払った消費税の8割を仕入税額控除できるという経過措置もありますが、企業側もゆるやかに首が絞められていくような状態だと思ってください。
山内:
インボイス制度の良い効果を強いてあげるならば、請求書の保管などのために企業事務のDXが推進される可能性はあります。多くの企業において電子インボイスが普及すれば、事務コスト軽減も図りやすくなります。一方、業務フローの電子化には大きな投資が必要ですし、いまだコロナ禍の混乱期が続く中で、早急にそこまで対応できる企業がどこまであるのかといった点は気になります。
ただし、取引のグローバル化が進む以上、電子取引自体は避けられない流れ。この局面をどう乗り切るかで、企業の将来が変わるともいえます。改正電子帳簿保存法の猶予期間も残りわずかですので、いずれにしても何らかの対応が必要となることでしょう。
齊藤:
インボイス制度が話題になるにつれて、「インボイス制度反対」を掲げる業界団体や署名運動が増えてきました。これからインボイス制度が撤回になる可能性はあるのでしょうか。
山内:
う〜ん、制度そのものをストップすることはちょっと厳しいんじゃないでしょうか。
先ほどもお話したように、インボイス制度は国の悲願として、かなり前から時間をかけて準備されてきたものです。制度の決定直後ならまだしも、導入までもう1年ちょっとしかありませんし……。
それでも、先の参院選の結果次第では状況が変わるケースもあったと思います。選挙の争点になっていたので私も結果に注目していましたが、結果は与党の大勝だったので。
齊藤:
「あなたの一票で政治が変わる」とはよく言いますが、今回は反対派の声を票という形で届けきれなかったわけですね。
山内:
結果だけを見れば、そう言えてしまうかもしれません。こうした背景があるので、業界団体の反対意見もなかなか通りにくいだろうと思うわけです。
ただ、すでにインボイス制度の導入を極めて現実的なものとして捉えている日本税理士会連合会は、ほかの業界団体と違うアプローチをしています。提言のなかで、「インボイス制度の撤回」ではなく「免税事業者へ支払った消費税の仕入税額控除8割の当面維持」を提案。景気や当事者への影響を、最小限に食い止めようという方向性ですね。また、少額取引における保存書類要件についても、簡便的な取扱いの継続を求めています。
齊藤:
そちらのほうがいくらか現実的な感じもしますね。
伊沢:
インボイス制度に関しては反対派、賛成派で非難の応酬が繰り広げられていますが、そもそも制度の理解が根本から間違っている場合も多いんですよ。
インボイス制度は、「消費税の制度の仕組み」「インボイス制度の歴史的背景」「諸外国の動向」などを把握していないと、正確に理解できるものではないからです。
伊沢:
そもそも世間的にはまだ「インボイス制度の是非」を議論できるだけの土台となる知識が足りていない。もちろん、これはみなさんを責めたいわけではなく、国側の丁寧な説明や教育が足りなかった結果ともいえます。
齊藤:
「制度理解」という点で言うと、一時期SNSを騒がせた「登録事業者になると本名や住所が全世界に公開される」という情報は本当なのでしょうか?
山内:
一部は本当ですが、誤解もあります。
まず、消費税法上の決まりで、申請者の本名は確実に公開されます。ただ、屋号(ペンネーム)や住所の公開は「希望する場合」のみなので、申請者の本名とペンネームが紐づけられて公開されるわけではないんです。
それでも、本名が公開されることを嫌がる気持ちは分かります。ただ、一方で発注元が「この人は本当に登録事業者なのか」を確認し、登録番号の照合を行うために本名の公開が必要なのもたしかで、やむを得ない側面もありますね。
齊藤:
インボイス制度についてくわしく見ていくと、「制度に対応できる体力のない小規模事業者は苦しくなる」ともいえそうですが、小規模事業者の打開策などはあるのでしょうか?
山内:
カギになるのは、フリーランスでも使えるようになっている各種「クラウドツール」の進化具合に尽きると思います。どこまで使いやすく、安価な形で普及するかですね。手作業での照合や管理などに頼らなければいけない構造になれば、事務コストがかかりすぎますし、業務を圧迫し、副業推進の流れにも逆行します。
また、クリエイターにも高い事務能力が問われ始めている流れはすこし気がかりな点です。「事務が苦手だからこそフリーランスなのに……」という声も聞かれ、クリエイターに負担が発生することによる文化的な影響も心配されます。
伊沢:
やっぱり、消費税まわりの制度は複雑で、難しいです。国税庁からは解説冊子なども出ていますが、所得税の確定申告だけでも大変なのに、消費税までは……という気持ちもよく分かります。
ただ、逆にこの状況はクラウド会計ソフト大手にとって「ビジネスチャンス」でもあるため、消費税計算・申告機能の開発に注力しています。ソフトの力でカバーできる部分も大きくなってはいますね。
齊藤:
クラウド会計ソフトの導入などにあたり、国や自治体による補助などは期待できるのでしょうか……?
山内:
「IT導入補助金」「小規模事業者持続化補助金」「ものづくり・商業・サービス生産性向上促進補助金」は、インボイス制度の対応費用も対象になる可能性があります。ただ、そもそも補助金の存在はフリーランスに十分認知されていませんし、状況によっては申請のハードルも高いというのが現状です。
齊藤:
Workship MAGAZINEでも補助金関係の情報は多く発信していますが、もっと力を入れていかないとですね。
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齊藤:
ここまで、インボイス制度について詳しく整理してきました。最後に、これからインボイス制度の導入期日までに、私たちフリーランスや企業側が取るべき対応を教えてください。
山内:
インボイス制度の開始自体は2023年10月ですが、制度スタート時から「登録事業者」として活動するためには、2023年3月までに登録を済ませる必要があります。つまり、残された時間はそんなに多くないんです。
課税事業者になって消費税を納めるか、免税事業者のまま活動するか。どちらにせよフリーランスには早めの決断が求められています。
齊藤:
課税事業者or免税事業者の判断をするには、発注元の意向が大切になると感じるのですが、そのあたりはどうでしょうか?
伊沢:
そのとおりですね。もしクライアント全員が「免税事業者のままでも消費税分払いますよ」と言ってくれれば課税事業者になる必要はないわけで、しっかりとクライアントの意向を確認することは必須です。
しかし残念ながら、2022年8月時点では、肝心のクライアント側がまだまだ対応を決めかねている状態。正直、「ちょっと動きが遅いんじゃないか」とも思っています。
山内:
これは完全に私の予想ですけど、遅くとも秋~年内にかけて動きが出そろうのではないかと。逆に言うと、「年内には動きを確定させられないと、フリーランス側の対応がインボイス制度のスタートに間に合わないですよ」と言いたいですね。
クライアントの動きが分からずやきもきしているフリーランスのかたは、自分から「インボイス制度の対応はどうする予定ですか?」と聞いてみてください。対応が決まっていれば方針を教えてくれるでしょうし、未定の場合はフリーランスに急かされたことをキッカケに社内議論が進む可能性もありますから。
齊藤:
なるほど……! たしかに、モヤモヤしているくらいなら思い切って質問してみるのも手ですね。お二人とも、本日はありがとうございました。
(執筆:齊藤颯人 編集:じきるう 協力:公認会計士山内真理事務所)
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