フリーランス新法は“フリーランス保護法”ではない!? 相談窓口と法律の将来を弁護士に直撃

フリーランスの間では、2023年4月に成立した「フリーランス新法」が話題です。この法律は「フリーランスを保護するための法律だ!」と好意的に受け取られているものの、「実はそうとも限らない」と語るのが、フリーランス向けの相談機関「フリーランス・トラブル110番」の創設・運営に携わる山田康成弁護士です。

「フリーランス新法ができたことで、フリーランスのトラブルは減るの?」
「現状のフリーランス新法に関して誤解されている部分とは……?」

今回は、発足からわずか2年弱で、フリーランスから1万件以上(2023年3月時点)の相談を受ける相談機関の「中の人」である山田先生に、フリーランス新法とフリーランス・トラブル110番の今後について伺いました。

山田 康成(やまだ やすなり)
山田 康成(やまだ やすなり)

第二東京弁護士会が運営する「フリーランス・トラブル110番」の統括責任者。フリーランス・トラブル110番では自身も相談員としても多数の相談を受けている。フリーランスの活躍の場が広がる社会環境の整備に尽力中。

聞き手:紀村真利(ぽな)
聞き手:紀村真利(ぽな)

こたつとお布団、コーヒーをこよなく愛するフリーライター。法学部出身のはずが、なぜか卒論のテーマは村上春樹であった。やれやれ。(Twitter:@ponapona_levi

「フリーランス・トラブル110番」はフリーランス新法の一部

ぽな:
2023年4月にフリーランス新法が成立しました。これによって、フリーランスを巡るトラブルが大きく減ることを期待しているんですが。

山田:
フリーランス新法ができたからといって、うちのニーズが減るとは思っていません。むしろ増える可能性もあると思っています。今から「覚悟しておいてくれ」と相談員に言っていますよ。

ぽな:
えっ!? そうなんですか???

山田:
というのも、フリーランス新法の21条を見てください。

(特定受託事業者からの相談対応に係る体制の整備)

第21条
国は、特定受託事業者に係る取引の適正化及び特定受託業務従事者の就業環境の整備に資するよう、特定受託事業者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置を講ずるものとする。

出典:siryou3.pdf (cas.go.jp) 

山田:
この「特定受託事業者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置を講ずる」、じつはこれがフリーランス・トラブル110番のことなんですよ。

ぽな:
ええええ! そうなんですか!?

山田:
ついに立法上の根拠ができてしまいました。フリーランス新法をめぐる国会の答弁でも、「相談対応についてはフリーランス・トラブル110番を中核にして対応するべし」と、はっきり言われています。

ぽな:
まさか、フリーランス・トラブル110番さんが、ここまでフリーランス新法の根幹にがっつり関わっているとは思いませんでした。

山田:
そうですね。だから、フリーランス・トラブル110番は今後も絶対に続けていかなきゃいけない。国の法律で「設置するべし」と決まっているのに、縮小したり廃止してしまったりしたら、大問題になってしまいます。

我々、第二東京弁護士会の中で、ボランティア的に行っていた活動がですよ。まさか、こんなに壮大な話になるとは思わなかったです。

ぽな:
法律のバックアップがあるということは、フリーランス・トラブル110番自体がこれからもっと拡大していく、内容も充実していくかもしれない、ということですもんね。フリーランスとしては心強いです。

山田:
僕は、フリーランス・トラブル110番は単なるボランティアではなく、「ミッション」だと思っているんです。フリーランスのための相談窓口がない、という切実な問題があって、困っている方の声に応えるために我々がいます。

世の中のニーズに応えるのも弁護士の大切な役割です。こうして期待されているからには、その役割を責任を持って果たしていかなければならないと思っています。

「フリーランス“保護”新法」と呼ばないほうがいい理由

ぽな:
そんなフリーランス・トラブル110番さんに寄せられる相談の中でも、圧倒的に多いのが報酬に関するトラブルだと伺いました。実際、私の周りでもそういった類の話はよく聞きます……。

山田:
実はフリーランスの未払い問題の場合、相手が大手企業ということは少なくて、多くは零細企業だったり、フリーランスだったりします。つまり、零細同士の取引でトラブルになっていることが多いんですよ。

相手が資本金1000万円以上の会社なら下請法が適用され、支払いの遅延や報酬の減額といった行為が禁止されます。しかし、クライアントが零細企業やフリーランスの場合、クライアント側が資本金要件を満たしていないために下請法が使えません。

ぽな:
それで、フリーランス保護新法の話が出てきたんですね!?

山田:
そうです。今回の法律は「基本的に全発注者に適用される」「一部の条項は契約期間で対象者を決める」という仕組みになっていて、下請法に比べると適用範囲が広いんですよ。

あと、ぽなさんは今「フリーランス保護新法」とおっしゃいましたが、その呼び方は今後使わないほうがいいかもしれませんね。

ぽな:
ええっ、どうしてですか!? 今回の法律案ができるかも、という話が出てきた頃から、ずっとニュースでも「フリーランス保護新法」と言われていたような記憶があるのですが……。

山田:
この法案は、正式名称を「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」といいます。この特定受託事業者というのが、いわゆるフリーランスのことですね。じつはこの法案では、特定受託事業者を「保護する」とは一言も書いていないんです。

だから、今後はフリーランス保護新法という言い方はしないと思います。国はずっと「適正化法」と言っていますね。私たちも「フリーランス新法」と呼んでいます。

ぽな:
ということは、新法は我々を保護するために作られた法律ではないんですね!? 周りのフリーランスの中には「フリーランスが保護される」と理解している人が多そうですが……。

ええと、以前「法律が制定された目的は最初の条文に書いてある」(※)と聞いたことがあるので、ここで法案の第1条を読んでみます。

(目的)

第1条
この法律は、我が国における働き方の多様化の進展に鑑み、個人が事業者として受託した業務に安定的に従事することができる環境を整備するため、特定受託事業者に業務委託をする事業者について、 特定受託事業者の給付の内容その他の事項の明示を義務付ける等の措置を講ずることにより、特定受託事業者に係る取引の適正化及び特定受託業務従事者の就業環境の整備を図り、もって国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。

出典:siryou3.pdf (cas.go.jp) 

ぽな:
あ、本当ですね! 確かに「特定受託事業者が関わる取引」を適正化するとは書いてあるものの、「特定受託事業者を保護する」とは書いていません……。

山田:
あくまで、取引の適正化なんですよ。このあたり、労働者の保護を目的とした労基法や労働契約法とはまったく毛色が違います。もちろん、新法では発注者にさまざまな規制をかけていますから、「フリーランスの保護」にも繋がっているのは間違いないんですが。

ぽな:
今、手持ちの六法(よく使う法律を収録した法令集)をめくっているのですが、たしかに労働契約法なんかだと、第1条に「労働者の保護を図る」という内容が法律の目的としてはっきり書いてあります。一方的にフリーランスを保護するというよりは、同じ事業者として対等に取引ができるようにサポートする法律というイメージなのでしょうか……?

山田:
少なくとも、「フリーランス側が何もしなくても法律がなんとかしてくれる」という法律ではないことは確かです。

※比較的新しい法律の場合、1条には法案制定の目的が書いてある「目的規定」が置かれるのが一般的。なお、2条は「定義規定」であり、その法律でよく使われるキーワードの定義が書いてある。

フリーランス新法によってトラブルは減る?

ぽな:
フリーランス新法については、私も個人的にいろいろ調べているところです。大きく分けて、取引の適正化に関するパート、就業環境の整備に関するパートの2つがありますが、「どちらについても懸念点がある」というのが正直な感想です。

たとえば、取引の適正化に関するパートには「全発注者が契約書をフリーランスに交付する」ルールがありますよね。契約条件などがハッキリするのはいいことだと思うんですけど、実際問題、契約書を読むのも作るのも苦手なフリーランスも非常に多いわけで……。これ、大丈夫なのかなと思います。

山田:
このルールについては詳細を行政の方で決めるということになっているのですが、おそらく発注者側の負担も考えて、メールやSNSのダイレクトメッセージなどでもOKで、内容もゆるくていい。たとえば報酬や契約条件といった最低限の内容を書いておけばいい、という方針で固まると思います。

ぽな:
なるほど……。発注者もカッチリした契約書を作るとなると負担が大きいですもんね。でも、契約に定められていない部分についてはどうすればいいんでしょうか。

山田:
そこは民法が基本になるんじゃないかと思います。ただ、民法は当事者同士が対等であることを前提に作られている法律なので、場合によってはフリーランス新法があってもフリーランス側に不利な結果になってしまう可能性もあります。

ぽな:
ううーん……。あと実際のトラブルだと「契約の解釈」あるいは「契約で曖昧になっていた点」をめぐって争いになることが多いと聞いたことがあります。そうなると「あいまいなところが多いゆるい契約書」の存在を許してしまった場合、むしろ契約をめぐるトラブルが増えるのでは……?

山田:
もちろん、契約の解釈をめぐって紛争が増える可能性はあります。そもそも、契約書を作る、契約条件を明確にして対価を払う、というのは「取引としては当たり前のルール」です。でも、発注者が圧倒的に強い構造では、フリーランス側が「おかしい」と思ってもクライアントに言い出せない。だからこそのフリーランス新法なんです。

クライアントになにか言われたときに、「法律でこうなっています」と反論できれば、さすがにクライアントも無視できないでしょう。フリーランスの皆さんにはぜひ、このフリーランス新法を「交渉の武器」として使っていただきたいと思います。

ぽな:
法律を味方につけるためにも、私たちも勉強しなければならないですね。自助努力といいますか……。

山田:
そうですね。それがフリーランスとして生きるということだと思いますから。いろんなことが自己責任になる代わり、自由に働けるというのがフリーランスという働き方です。

法律はできましたが、最終的にこの法律を生かすも殺すもフリーランス次第です。政府の方針で法律はできましたが、実際の運用の仕方ではよくない方向に行く危険性もあります。よりよい方向に進むためにも、当事者であるフリーランスの皆さんの力が必要です。

ぽな:
ただ支援を待つだけになっていてはダメ、ってことですね。

山田:
最低限のことは法律で押さえられるようになったので、フリーランス側でもフリーランス新法をはじめとする法律をうまく使いこなしてほしいと思います。

フリーランス保護に関する今後の課題とは?

ぽな:
フリーランス新法ができたとはいえ、フリーランス側に知識がなければ、せっかくの法律がムダになってしまいますよね……。

山田:
課題もあります。今の法案では、フリーランスの抱えるすべての問題を解決できないのも事実です。たとえば、「ウチと取引したら、その後数年間は競合他社と取引してはいけない」といった厳しすぎる競業避止義務については、今回の法案では手当がされていません。

ぽな:
重い競業避止義務をクライアントが求めてくるケースって、クリエイターの世界だとよくありますね。たとえばイラストレーターさんであれば、ある商品のイメージイラストを担当したら、しばらく競合他社の仕事は受けられないとか。

山田:
個人的には、あれはよくないんじゃないかと思います。専門的なスキルを独占したいなら最初から社員にすればいいのに、「雇用はコストがかかるから」と業務委託にしてしまう。

本来、業務委託なら、専門的なスキルをいかして、いろんなクライアントから自由に仕事を取れる状態が望ましいあり方のはず。クライアント側の都合で、その人の活躍の場を奪うような契約を押し付けるのは問題ではないでしょうか。

ぽな:
たしかに……。未解決の問題といえば、個人的に就業環境の整備に関するパートで規定されたハラスメント対策も気になりました。ハラスメント被害にあった場合の対応についても今回の法案では定められましたが、クライアントの悪行を行政に通報するってフリーランスの立場でできるものなのでしょうか……?

いちおう、「通報をしたことを理由に不利益な扱いをしてはいけない」という条文もありますが、これって実効性あるんでしょうか。「成果物の出来が悪い」とかなんとか適当な理由をつけて、声を上げたフリーランスが契約を切られる、という事態がありうるんじゃないかと危惧しています。

山田:
どこまでやってくれるのか、という話ですよね。フリーランスの側が本当に被害にあったことを申告できるのか。このあたりの課題にどう対処するかは、今後の運用にかかっていますね。

ハラスメントについては話し合いでの解決が難しいところがあって、現在フリーランス・トラブル110番としても対応に苦慮しているところです。

新法ではハラスメントについて、フリーランスからの相談に応じる体制を発注者が講じることが求められます。国も必要な体制を整備していない発注者に対し、必要な措置を講じるよう求めることになっています。そういった国の体制と連携しつつ、どこまで我々が動けるのか、と。

ぽな:
「法律ができた!バンザイ!」ではなくて、できてからが本番なんですね。

山田:
そうですね。そもそも法律というのは、時代の変化に伴ってどんどん改正されていくものです。今回のフリーランス新法についても見直し条項も設けられています。今後、実情に応じて法律の方が変わっていくということもあるでしょう。また、今ある法律をどう運用していくのかということも重要です。

場合によっては啓蒙活動のような、法律以外のアプローチも必要になるかもしれません。フリーランス新法をどう運用していくのか、そして我々フリーランス・トラブル110番がどこまでその期待に応えられるのか。今後、それが問われることになると思います。

おわりにかえて:フリーランス新法に関する若干の補足

フリーランス新法については「詳細については政令・省令で決める」という形式の条文が多く(要するに、細やかな具体的事項は役所で決めるということ)、具体的な内容についてはまだまだ詰めきれていない印象があります。今後ガイドラインの制定などが予定されていますので、全貌がわかるのはまだ先……ということになりそうです。

ただ、フリーランス向けの相談対応に係る体制については、この領域ではすでに十分すぎる実績があるフリーランス・トラブル110番さんがそのまま担当するということですので、少なくとも「困ったときの相談先がない!」ということにはならないと思います。むしろフリーランス・トラブル110番の体制が拡充する可能性も十分に考えられるため、フリーランスにとっては安心材料が増えそうです。

なお、フリーランス・トラブル110番では、今後フリーランス新法に関するアナウンスも積極的に行っていくとのこと。フリーランスの皆さんは要チェックです!

(執筆:ぽな 編集:少年B)

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