土曜のAIインスピレーション #6【Muzli】
- 土曜のAIインスピレーション
- 翻訳転載
「新しい働き方」として脚光を浴びたフリーランス。しかし、法整備が追いつかない状態が続き、フリーランスの立場の弱さが問題視されました。その証拠に、政府もフリーランスの実態調査を進め、2021年には結果をまとめた『フリーランス実態調査』が公表されています。
実態調査によって明らかになったのが、取引先との「トラブルの多さ」です。フリーランスの約4割が取引先と何かしらのトラブルを経験したと回答しており、政府内でも対応の必要性が認識されました。
こうした状況を踏まえ、政府は「フリーランス保護のための新たな法律(以下、フリーランス新法)」を制定する方向に動き出しました。そして2023年4月28日、いよいよ国会でフリーランス新法が成立しました。
そこで今回は、フリーランス新法の内容や対象者、施行時期を解説します。
フリーランス新法とは、正式名称を「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律案」(フリーランス・事業者間取引適正化等法案)といいます。字面は難しいですが、ようは「フリーランスを保護するための法律」です。
この法律は、政府が「新しい資本主義」を検討するなかで議題として浮上し、冒頭で示した『フリーランス実態調査』のような各種調査によって「フリーランスの立場の弱さ」が改めて証明されたことで整備がスタートしました。
内容は後ほど詳しく解説しますが、おもに発注者による以下のような行為が「違反」と認定されるようになりました。
違反が発覚した場合、公正取引委員会などから改善指導・命令などがなされます。これらを無視orそもそも検査を拒否した場合、50万円以下の罰金に処することも定められました。
フリーランスにとってはメリットの多い法律で、今後は発注者のムチャぶりともフリーランス新法を根拠に戦えるようになるでしょう。
では、改めてフリーランス新法の詳細を深掘りして解説します。
今回のフリーランス新法では、明確に「フリーランスとは~」とフリーランスの定義が示されているわけではないものの、この法律の対象者は示されており、保護対象となるのは以下の事業者です。
業務委託の相手方である事業者であって従業員を使用しないもの
ここでいう「業務委託の相手方」とは、つまり「業務を委託される人」とも言い換えられます。また、「従業員を使用しないもの」という条件があるので、対象は「ひとりで働く人」であることがわかります。これはフリーランスも基本的に当てはまりますし、税金対策などで法人化した「ひとり会社」も保護対象になるといえそうです。
逆に、今回の法律で規制を受けるのは以下の事業者です。
特定受託事業者に業務委託をする事業者であって、従業員を使用するもの
このように「従業員を使用している」ことが原則の条件になるため、ひとり社長がフリーランスに業務を委託する場合は法律の対象になりません。
この法律から見えてくることとして、政府見解ではフリーランスという存在を「従業員を使用しておらず、業務を委託される事業者」のように定義している、と考えていいでしょう。
ちなみに、『フリーランス白書』などの発行で知られる団体・フリーランス協会によるフリーランスの定義は、「特定の企業や団体、組織に専従しない独立した形態で、自身の専門知識やスキルを提供して対価を得る人」となります。
両者の違いは、
といえるでしょう。
個人的にはどちらも一理あるとは思いますが、政府見解の「人を雇っていたらフリーランスではない」は少々厳しい気も……。たとえば、フリーランスが家事に専念するパートナーを事務員として雇い、青色申告専従者控除を利用するケースなどが考えられるためです。
ここからは、フリーランス新法の中身を見ていきましょう。
まず、フリーランスへの書面(メールなども含む)交付義務が盛り込まれました。具体的にどのような情報が記載された書面の交付が必要かについては、以下のように発表しています。
<記載事項>
・業務委託の内容、報酬額 など
つまり、「業務内容や報酬について明記された書面(発注書など)をフリーランスに渡しなさい!」という内容で、下請法に近い義務が課されるものと思われます。
なお、この義務のみは「従業員を使用しない事業者(例:法人成りしたひとり社長)が、フリーランスに対して業務委託を行うときも同様とする」とも書かれており、小規模事業者の事務負担増加は避けられない見通しです。
また、契約の途中解除・終了にあたっては、原則として契約解除の30日前までにフリーランスに通知する義務も発生します。
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この条項は、後ほど触れる下請法にはないフリーランス新法特有の条項といえます。具体的には、事業者はフリーランス募集の際に以下の義務を負います。
広告等により募集情報を提供するときは、虚偽の表示等をしてはならず、正確かつ最新の内容に保たなければならないものとする。
分かりやすい例でいえば、クラウドソーシングサービスなどで「記事1本1万円のご依頼!」と大々的に宣伝しておきながら、実際は500円しか報酬が払われなかった、というような被害を防ぐための条項といえるでしょう。
もし募集内容と実際の条件が異なる場合、事業者には異なる理由を説明する義務が生じます。
事業者は、フリーランスの業務が完了した日から60日以内に報酬を支払わなければならないと明記されています。よくある支払いサイクルの「月末締め翌月末払い」なら基本は大丈夫ですが、たとえば「成果物の公開月の翌月末払い」のようなサイクルになっていた場合、作業完了から60日以上経過後に報酬が支払われるケースはあるでしょう。
上記が即違反になるのは、個人的にはやや厳しいようにも感じましたが、ともかく法整備されることになりました。
業務委託の場合、パワハラやセクハラなどの被害に遭った際も、泣き寝入りを余儀なくされるケースが多数見られます。こうしたハラスメントへの対策義務が盛り込まれました。
また、一定期間の契約があるフリーランスで、フリーランス側から申し出があった場合、出産・育児・介護と仕事を両立させるための必要な配慮を行う必要性も生じます。産休や育休などの制度がないフリーランスは、会社員とは別の側面でライフイベントによるキャリア形成の難しさがあるからです。
この条項は、フリーランスにとってかなりメリットが大きいといえるでしょう。
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以上の内容がおもなフリーランス保護新法の条項ですが、違反した場合はどうなるのでしょうか。これについては、以下のような記載があります。
公正取引委員会、中小企業庁長官又は厚生労働大臣は、特定業務委託事業者等に対し、違反行為について助言、指導、報告徴収・立入検査、勧告、公表、命令をすることができるものとする。
※ 命令違反及び検査拒否等に対し、50万円以下の罰金に処する。法人両罰規定あり。
つまり、下請法と同じように違反した事業者の公表や、指導・勧告などが行われ、悪質な場合は罰金もあると考えていいでしょう。ただ、新しい法律ということもあり、以下の点はやや未知数。実態は運用開始後にわかるでしょう。
フリーランス保護新法の違反に遭遇したフリーランスは、国の行政機関にその事実を報告できます。事業者側が、報告を行ったことを理由にフリーランスとの契約を解除するなどの扱いも禁止されるため、ある程度安心して国に相談できそうです。
ただ、逆に言えば国側が事業者を積極的に取り締まることは考えづらく、フリーランスがきちんと新法の中身を理解し、自分で違反を報告する必要があります。国側も新法制定にあたる相談環境の整備などには取り組むとのことなので、相談しやすい環境が生まれることを期待しましょう。
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ここまで見てきたように、たいへん魅力的に思えるフリーランス新法。ですが、じつはこの法律の成立以前から、フリーランスを保護する法律自体はありました。それは「下請法」と呼ばれる法律です。
ものすごくザックリ説明すると、下請法とは「下請業者(フリーランスなど)を守り、発注業者(クライアントなど)のムチャぶりを制限する法律」です。つまり、フリーランス新法と似たような法律で、フリーランスにとって大きな味方となってきました。
法律が制定されている理由は、発注者に比べて下請業者の立場が弱いからです。たとえば、下請法によって違反とされる行為に、以下のようなものがあります。
▲下請法の違反事例(出典:公正取引委員会)
下請法に違反した場合、公正取引委員会による勧告や指導の対象となるほか、悪質な場合は発注にかかわった個人と会社に最高で50万円の罰金が科されます。
そんなに大した罰則じゃなくない?と思われるかもしれませんが、「公正取引委員会を怒らせた」という事実が広まれば、会社の評判を大きく下げるでしょう。一定の効果はあると考えられます。
▲下請法の義務と禁止事項(出典:公正取引委員会)
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このようにパッと見は「最強の味方」に思える下請法ですが、じつはフリーランス新法にはない大きな弱点があります。
それは、下請法が適用される発注者は「資本金1000万円超の法人クライアント」だけに限られることです。
▲現行の資本金要件(出典:公正取引委員会)
「資本金1000万円」と言われても、どのレベルの企業か分かりにくいと思います。
一般的に、資本金が5億円以上の会社は「大企業」と呼ばれることが多いです。一方で資本金1000万円以下は、中小企業が中心となります。
しかし中小機構の調査によると、日本にある企業の約99.7%は中小企業。さらに令和3年経済センサスによると、資本金1000万円未満の企業は全体の約58%を占めます。
資本金1000万円以下の企業や事業者とかかわる機会は、決して少なくないはずです。こういったクライアントとの取引時に、下請法の適用されないトラブルが発生するリスクはあるでしょう。
下請法には上記のような弱点があったため、当初は下請け先がフリーランスの場合、「資本金の制限」を撤廃するという形の、「下請法改正案」が検討されていました(実際は下請法の改正ではなく、フリーランス新法の制定に方針転換されています)。
実際、資本金要件がなくなれば、フリーランスに業務を発注する法人のほとんどが下請法の適用対象になります。
資本金1000万円以下 | 資本金1000万円以上 | |
現行の制度 | × | ◯ |
改正案 | ◯ | ◯ |
もともと政府は、Uber Eatsの配達員などに代表される「ギグワーカー」について、事実上発注者の指揮や命令を受けている場合、「みなし労働者(=法的にはフリーランスではない存在)」と解釈し、労働関係の法律を適用できるとの見解を示しています。
しかし、フリーランスのエンジニアやデザイナー、ライターなどは法的に「労働者」とは言えず、保護が難しい点が課題となっていました。こうした事情を踏まえて改正案が検討されたと考えられます。
ここではフリーランス新法が施行された後の影響を考えてみます。
フリーランス新法により、当然ながらフリーランスの保護が加速することになるでしょう。フリーランスの買いたたきや一方的な契約破棄、業務のムチャぶりなどが減少する可能性も高く、トラブルに遭遇したときの対処もカンタンになります。
たとえば今後起こりそうなトラブルとして、資本金1000万円以下の事業者からインボイス制度への対応に関して「課税事業者にならなければ取引を打ち切ります」と一方的な通告を受けた場合、フリーランス新法を根拠に戦えるようになるかもしれません。
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先ほども触れたように、フリーランスの定義はかなりあいまいで、「いったい誰がフリーランスなのか」を明確にすることが困難でした。
しかし今回の法律は、政府が「フリーランスとは、従業員を使用しておらず、業務を委託される事業者である」と公式な見解を出したようなもので、国内のほかの事業者も政府の見解を参考にする可能性があります。
そうなると、私たちがなんとなくイメージする「フリーランス」がしっかりと定義されるため、「誰がフリーランスなのか」を線引きしやすくなるでしょう。
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下請法にあった「資本金要件がなくなる」のはフリーランス側にとってメリットが大きい一方、今までは下請法の対象外だった小規模事業者の負担やリスクが増大するデメリットもあります。
「買いたたきや一方的な値下げをしなければいいだけでは?」と思われがちですが、書面の交付義務があったり、契約解除の通告期限が定められたりと、小規模事業者が考えなければならないポイントも多いです。
小規模事業者のなかには、売上が上がってきたフリーランスが法人化しただけの「ひとり会社」なども少なくないでしょう。その場合、なんとなくの口約束や、ごくカンタンな発注書で業務をフリーランスに外注するケースも多いかもしれません。
しかし、書面の交付義務はひとり会社による業務委託であっても課されるため、事務負担が増加することは否めません。
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そもそも良くない状況ではありますが、フリーランスに業務を発注する理由として「雑に・気軽に発注できるから」と心の底で思っている小規模事業者もいるでしょう。
しかしそうした事業者も、今後はフリーランスを相手にする場合はフリーランス新法が適用されることになります。そうなれば、「じゃあフリーランスじゃなくて法人を選びます」と発注を控えられる可能性が考えられるでしょう。
ここまで悪質なケースではなくても、「フリーランス相手でも法人相手でも、同じ事務コストやリスクが発生するなら、法人に発注したい」と思う小規模事業者はいるかもしれません。
フリーランス保護の法整備は、ある意味で「発注側がフリーランスを選ぶうま味」が損なわれる側面もあるといえます。
ここまで、下請法改正・フリーランス保護新法のポイントを解説しました。改めて想定される影響をまとめると、以下のとおりになります。
では、最後にフリーランス新法の成立・施行スケジュールを見ていきましょう。
フリーランス新法は2023年春の通常国会に提出され、衆議院と参議院での審議を経て2023年4月28日に成立しました。この後は、国民に法律を知らせる「交付」という手続きを経て、正式に「施行」されることで効力を発揮します。
施行日がハッキリと定められているわけではないものの、原則は公布から1年半以内に施行されるため、早ければ2023年中に、遅くとも2024年には施行される見通しです。
まだ少し先の話にはなりますが、フリーランスや小規模事業者にとって影響の大きい新法制定です。法律の要点をしっかり抑え、上手に付き合っていきましょう。
(執筆:齊藤颯人 編集:じきるう)
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