Workship MAGAZINEの人気連載「健康で文化的なADHDフリーランスのお仕事ハック」が書籍化されました!
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フリーランスにとって、報酬がきちんと支払われるかどうかは死活問題です。にもかかわらず、報酬未払いトラブルって本当によく聞きますよね。恐らく、すべてのフリーランスは「なんとか未払いの報酬を回収したい」「そもそも予防しておきたい」と思っているのではないでしょうか。
そもそも、なぜ未払いは起きるのか。実際に未払いが起きたとき、どう行動すればよいのか。
河野冬樹弁護士に、実務家目線でのお話をあれこれ伺ってきました。
法律事務所アルシエン 弁護士。主に個人クリエイター向けにリーガルサービスを提供している。ミステリをこよなく愛する活字中毒者。(Twitter:@kawano_lawyer)
こたつとお布団、コーヒーをこよなく愛するフリーライター。法学部出身のはずが、なぜか卒論のテーマは村上春樹であった。やれやれ。(Twitter:@ponapona_levi)
目次
ぽな:
さっそくなんですけれども、報酬未払いトラブルって実際多いと思うんです。私の周りにもちらほら被害にあっている方がいます。どうして、こんなにトラブルが多発してしまうのでしょうか。
河野:
フリーランス側が請求書を出すのを忘れたとかでなければ、当然これはクライアント側の都合ですよね。なかでも、一番ありがちなパターンはズバリ「お金がないこと」です。
ぽな:
お金がないこと……?
河野:
そりゃ当然、お金がなきゃ払えませんから。たしかに、先方が支払いを偶然忘れた、という可能性もあります。実際、クライアント側の言い訳として「忘れてました」「経理担当のミスです」というのは多いです。ただし、それが本当かというと……。
ぽな:
はい、すべてを察しました。
河野:
「カネがないんで払えません」なんて言ってしまったら信用問題になりますからね。
ぽな:
本音と建前……! そのあたりについてはフリーランス側も忖度しないといけないのかもしれませんね。
河野:
いや、実際はそんな簡単な話じゃなくて。本来お金がないところほど、先に報酬をもらっておかないといけないんです。だって潰れるかもしれないじゃないですか。
そりゃ相手にお金があればいいですよ。多少支払いが遅れたって、最終的に払ってもらえれば問題はない。でも、お金がないところだとマジで取りっぱぐれたまま潰れるとかありますからね……。
ぽな:
ひええっ! でも確かに、その可能性は全然ありえますよね……。
ぽな:
でもこんなご時勢ですし、業種によってはクライアントの懐事情も厳しいのかもしれませんね。クライアント側でも取引先への請求が溜まっていて手持ちの現金がない、という可能性もあるのでは?
河野:
結局こうした負の連鎖の果てに行き着くのが、企業の倒産・廃業なんですよね。結局、報酬を回収できないまま終わってしまう。
そして、財政状態の悪いクライアントにありがちなのが、支払に優先順位をつけることです。この人には優先的に払うけど、あの人には払わない。ここだけの話、我々弁護士の報酬だって例外では……。
ぽな:
なるほど……弁護士の先生方の報酬ですら値切られたり踏み倒されたりするんですから、吹けば飛ぶような我々フリーランスのギャラなんて、先方にとっては優先順位めちゃくちゃ低いですよね。
河野:
ただ、こういう会社って外注先への支払いは後回しにしているくせに、銀行の融資の返済や家賃はちゃっかり払っているんですよねえ。本当に、その会社にとっての優先順位の問題なんですよ。
ぽな:
払わないとまずいところから払う、と。たしかに税金の支払いや銀行への返済は、最優先でやらないと後々怖いことになりますよね。
河野:
社会的な信用に関わりますからね。ただ、フリーランスだからって無条件に優先順位が下がるわけじゃありません。付き合いが長くて優秀なAさんには真っ先に支払うけど、新規で契約したBさんには払わないといったように、フリーランス間で優先順位をつけていることだってあります。
取引期間や仕事の評価って、支払いの優先順位に関係するんですよね。さらに先方が仕事内容に不満を持っているような場合については、「仕事に満足ができないから報酬を支払わなくてもいいんだ」という謎の論理を持ち出してきがちです。
ぽな:
報酬を支払わないことに対する自己正当化が行われると。以前、河野先生にお話しいただいたフリーランスガイドラインの話とつながってくるわけですね。
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ぽな:
先生のお話を伺っていて、とくに初回の取引が危ないのかな、という印象を持ちました。信用関係を築き切らないまま取引することになるので、こちらがまともに仕事をしても報酬を踏み倒されるリスクが高くなると。
新しいクライアントとお付き合いを始める場合、未払いトラブルを防ぐためにはどうすればよいのでしょうか。
河野:
まずは契約書をきちんとすることですよね。これが大前提です。また、契約金や前金といった形で、お金をなるべく早くもらうことも大事です。企画のような立ち上げが大変な仕事の場合は契約金、大きなプロジェクトの場合はプロジェクトの区切り区切りで報酬をもらっておくといいですね。
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河野:
そして意外に使えるのは、あらかじめ雑談などで「◯◯さんと知り合いだ」と言っておくこと。「この人に不払いをやったら、他の人に伝わるかもしれない」と思わせておく。もちろん、これを正面から言ってしまうと脅しになってしまう可能性はありますが、別に雑談の中で「フォロワー1万人の知人がいるので、拡散に協力してもらえますよ」と言うこと自体は脅しでもなんでもないですよね(笑)。宣伝になるわけだから、むしろ本来なら相手も喜んでくれるはずです。
ぽな:
他の人とのつながりをSNSの発信や雑談を通してアピールする、ということですね。
河野:
先方にとって、一人ひとりのフリーランスは大して怖くない。でも、こうしたフリーランスたちが繋がっていって、結果的に「多数人の間で悪評が広まる」というのは嫌なんですよ。
ぽな:
では、実際に未払いが起きてしまった後の対処法についてはどうでしょう。お金を回収するって難しくないですか。フリーランス側が対応を間違えてしまうと、かえってトラブルになってしまう可能性もありますし。
知人に聞いた実話なんですが、会社に押しかけていって「払ってもらうまで帰らない!」と言って居座ったとか。「警察に通報されたら不退去罪(※1)で捕まるかもよ」って言ったんですけど(笑)。
※1 不退去罪
その場からの退去を求められたにも関わらず、居座った場合に成立する犯罪。
河野:
もちろん不退去罪は極端すぎる例ですが、フリーランス側が報酬の回収手段を間違えると犯罪になってしまうということは確かにあります。一番やってしまいがちなのが脅迫・恐喝ですよね。
いくらギャラ回収のためだからといってもですよ、やり方によっては意図せず恐喝罪が成立してしまう可能性があります。たとえば「踏み倒したギャラを払ってくれないと、これまでのやりとりをSNS上に晒すぞ」とか。
ぽな:
うわあ、ありがち。実際にやっている方もチラホラいますね……。
河野:
「払わないなら法的措置を取る」ならわかるけど、「払わないとSNSに晒す」はさすがにまずいんです。SNSに晒す行為は報酬を支払わせるのに必要な行為じゃないですからね。私怨は晴らせるかもしれないけど、何の得にもならない。相手に「こんなことをやる奴だから払わないんだ」という良い口実を与えるだけです。
そもそも交渉のやり方としても、自分の手札を最初から相手に見せちゃうのは悪手ですよ。一度切った切り札は、もう切れないですから。
ぽな:
切り札は最後まで取っておくからこそ、切り札って言えるんですね……。
河野:
とくに晒し行為については、かえってクライアント側に「どうせ表に出ちゃっているんだから」と開き直られる可能性もありますね。「仕事の出来が悪いから払わなかっただけなのに、不当な要求をされている。自分は可哀想な被害者だ」といった感じで、相手にとって都合のいいストーリーで周囲に吹聴されるリスクすらあります。
ぽな:
たった一つの真実なんてないですものね。声が大きい人がもっともらしく語れば、それが真実になってしまうことだってある。
ぽな:
そうなると、あくまで適法な手段で解決するしかないと。まずは辛抱強く催促して、それでもダメなら法的手段に訴える、ということになるのでしょうか。
河野:
最終的にはそうなりますよね。ただ、日本の裁判所はお金の回収までは手伝ってくれません。相手の預貯金口座などは自力で調べないといけない。弁護士がいればリサーチはしやすいですが、それでも面倒なことに変わりありません。
さらに相手の財産の隠し場所がわからなくて回収できないリスクもあります。裁判に勝ったからってお金が回収できるとは限らないわけです。となると、裁判に行く手前の段階でどうにかするのが理想ですよね。
ぽな:
裁判の手前でどうにかするとなると、まずは相手との交渉ということにもなりそうですが……。それ以外に何かいい方法はあるのでしょうか?
河野:
たとえば、著作権の絡む契約をしているフリーランスであれば、著作権を使って戦うという方法があります。催促しても相手が払ってくれないのであれば、報酬未払いを理由に契約そのものを解除できますよね。そうすると、納品物に関する著作権譲渡や利用許諾もなかったことになりますので、相手は納品された成果物を一切使えなくなってしまう。
ぽな:
モノ売ったのにお金を払ってくれないなら、いっそモノを返せってことですね。
河野:
そうですそうです。あと予防レベルの話になりますが、可能であれば相手の取引先がどこなのかを確認しておく、というのも有効です。万が一報酬未払いがあったら、クライアントが取引先に対して持っている債権からお金を回収すればいいので。
ぽな:
取引先もわからない、明確な成果物があるわけでもない、という場合はどうでしょう。
河野:
その場合は何度か催促して、それでもダメなら最終的には弁護士を立てて法的手段に訴えるということになるでしょうね。
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ぽな:
いろいろ未払いトラブルが起きたときの対処法について伺ってきましたが、まずは予防が大切という結論になりそうですね。
河野:
予防という意味で一番大事なのは、そもそもおつきあいするクライアントを選ぶこと。大企業であれば新規の取引を始める前に必ず信用調査をしています。でも、一般のフリーランスはそれができない。だからこそ他の方法で自衛する必要があるわけです。
ぽな:
といいますと?
河野:
まずは「危ない」と感じるクライアントさんには近づかないことです。個人的な経験則ですが、ムダに派手派手しい企業やお金があるように見える企業ほど要注意だったりします。お金があるように見せるために、そこでお金を使っているわけですからね。そうでもしないと銀行からお金が借りられないとか、何か裏事情があるかもしれない。
ぽな:
パフォーマンスで銀行から融資を引っ張るみたいな感じでしょうか。
河野:
そうです。「一見お金があるように見えて、実は内情火の車」というのは結構ありがちなパターンでして。あとは、やけに「お金じゃないんだ。理念が大事なんだ」と言いたがる企業とかも危ないかな(笑)。いや、もちろん理念も大事ですよ。なんだけど……。
ぽな:
お金よりも成長、やりがい、夢とかが大事だと。って、ブラック企業あるあるじゃないですか、それ。
河野:
未払いトラブルを起こすのってだいたいブラック企業ですからね? だって自分のところの社員を大切にできない会社が、外注先にきちんとギャラ払ってくれると思います?
ぽな:
たしかに、全然思わないです。
河野:
あとは、情報管理や内部の規律がゆるかったり、経理担当者が頻繁に変わったりする企業も要注意ですよね。前者についていえば「この会社、こんなにいい加減で大丈夫なのかな」となりますし。後者については未払いトラブルを経理担当者のせいにしているとか、会社の財務状態がヤバくて経理が逃げ出しているとか、何らかの裏事情を想像してしまいますよね。
また企業体制に関して言うと、いわゆるワンマン企業には注意が必要かもしれませんね。現場担当者は納品物にOKを出してくれたのに、経営者の鶴の一声で発注そのものがなかったことになる可能性もあります。
ぽな:
よく聞くパターンですね……。
河野:
フリーランスの良いところは、自分の一存でお付き合いできる企業を選べることだと思います。実際にお付き合いしてみて、なんとなく引っかかるポイントがあったら取引をやめればいい。これが企業同士の取引だったら、そうはいきませんからね。
危ないと思ったらすぐに逃げられるのは、フリーランスにとっては逆にアドバンテージになるんじゃないかな。
今回、河野先生のお話を伺って改めて思ったのは「人を見極めること」の重要性でした。
未払いトラブルを起こしやすい会社には特徴がある、ということで、まずはそうした会社を見極めて避けることが未払いトラブルの予防には一番なのだと。
もちろん自分も人に信用されるフリーランスになることが大前提ですが、知識を身につけ、人を見る目を磨き、トラブルに愛されない人間を目指したいと思います。さすがに先生のようにはなれないかもしれないけれど、目指せ百戦錬磨なのです……!
(執筆:ぽな 編集:少年B 協力:河野冬樹弁護士 イラスト:はこしろ)
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