フリーランスが巻き込まれやすい契約・支払いトラブル事例とは?相談窓口の弁護士が語るトラブルの実態

「クライアントがギャラを払ってくれない」
「永遠に修正と再提出を繰り返され、仕事が完了しない」

……など、フリーランスとして活動するなかで、思わぬトラブルに巻き込まれてしまうこともありますよね。

しかし、当然みなさんもこういった契約や支払いなどの法律トラブルには巻き込まれたくないはず。トラブルを回避するためには「過去にどんなトラブルがあったか」「トラブルを防ぐためにはどんな心構えが必要か」を知ることが効果的です。

そこで、今回はフリーランス向けの相談窓口であるフリーランス・トラブル110番の「中の人」である山田康成弁護士に、フリーランスが巻き込まれやすい契約・支払いトラブルと、トラブルに巻き込まれないためのポイントをお伺いしました。

山田 康成(やまだ やすなり)
山田 康成(やまだ やすなり)

第二東京弁護士会が運営する「フリーランス・トラブル110番」の統括責任者。フリーランス・トラブル110番では自身も相談員としても多数の相談を受けている。フリーランスの活躍の場が広がる社会環境の整備に尽力中。

聞き手:紀村真利(ぽな)
聞き手:紀村真利(ぽな)

こたつとお布団、コーヒーをこよなく愛するフリーライター。法学部出身のはずが、なぜか卒論のテーマは村上春樹であった。やれやれ。(Twitter:@ponapona_levi

「中の人」はオール弁護士! 異例尽くしのトラブル相談窓口、爆誕

ぽな:
まず最初に、フリーランス・トラブル110番とはいったいどんな組織なんですか?

山田:
フリーランス・トラブル110番は、文字通りフリーランスのための法律相談窓口です。「フリーランスの方が安心して相談できる窓口を作ろう」という国の要請を受けて、2020年の11月からスタートしたもので、今年で3年目になります。

ぽな:
あの、ウチの編集者が問い合わせ窓口で取材のアポを取ったときに、「誰か事務局の人が出てくると思ったら、ふつうに弁護士の先生が出てきて、びっくりした」という話があって。

山田:
まさか、いきなり弁護士が出てくるとは思わなかった?

ぽな:
はい。私もその話を聞いてびっくりしました。

山田:
ははは、フリーランス・トラブル110番の運営は弁護士がメインとなってやっていますからね。もちろん、事務の人も雇ってはいますが、相談員はオール弁護士ですし、基本的には弁護士が主体的に動いています。今、相談員をはじめ何らかの形で関わっている弁護士は100人を超えるはずです。今後はもっと増えると思いますよ。

ぽな:
多くの先生方が動かれているんですね。どうも噂によると、かなり多くの相談が寄せられているとか。フリーランス向けのメディアでもよく取り上げられていますよね。

山田:
文字通り、朝から晩まで電話が鳴っています。ウチでは常時2名の相談員を置いて電話対応にあたっていますが、時間帯によっては3名体制になることもありますね。今年は他の弁護士会からも相談員に加わってもらっています。

ぽな:
それだけ世の中のニーズがあるということですね。

フリーランスがトラブルを相談できる窓口はなかった

ぽな:
山田先生は、フリーランス・トラブル110番の開設から関わっていると伺いましたが、どんな経緯でこの相談窓口を開設することになったのでしょうか?

山田:
もともと厚生労働省で、「雇用類似の働き方に係る検討会」や「雇用類似の働き方に係る論点整理に関する検討会」というのをやっていたんですよ。ここでいう「雇用類似の働き方」というのは、いわゆるフリーランスのことですね。

じつは2017年くらいから、政府のほうではフリーランス的な働き方に対する課題や問題点について、検討を進めていたんですよ。

ぽな:
ええ、そんな前から!?

山田:
はい。こうした政府の検討会で課題の1つとしてあがったのが、「フリーランス向けの相談窓口がないこと」でした。この時点では法律を作ろうとか、そういう段階まで議論が進んでいたわけではないんですけど、とにかく相談窓口は作らなきゃいけないという話にはなったわけです。

たとえば、一般の会社員であれば、もし会社との関係で何かあれば労基署(労働基準監督署)に駆け込むわけでしょう。労基署が労働者の相談窓口として機能していて、働いている人たちにも「困ったときには労基署に相談すれば大丈夫だ」みたいな認識が広がっている。でも、フリーランスはそうじゃない。

ぽな:
フリーランスは法律上「労働者」にあたらないから、労基署に駆け込んでも門前払いされるって聞いたことがあります。

山田:
そう、業務委託契約や請負契約で働いている人たちには、いざというときに駆け込む先がなかったんです。そこで、「とりあえず駆け込み先を作ろう」ということで生まれたのがフリーランス・トラブル110番です。現在は中小企業庁や公正取引委員会が内閣官房と連携して事業を推進しています。

ぽな:
文字通り「国家プロジェクト」だったんですね。

山田:
そうなんですよ。現在は第二東京弁護士会が国から委託を受けて運営にあたっています。私たち「中の人」の中心メンバーは第二東京弁護士会の労働問題検討委員会に所属する弁護士です。

第二東京弁護士会ではもともと2019年時点で「フリーランス110番」というワンデイの相談会をやっていたり、シンポジウムを開いたりと、フリーランス的な働き方に対する問題意識が強かったんです。そういった活動をする中で「フリーランスが相談できる場所を作らないといけない」というニーズも感じていました。

そうした経緯もあって、国が「こういう相談窓口事業をやります」となったときに「我々がやります」と真っ先に手を上げることができたんです。

時には海外からの相談も。弁護士相談のハードルを下げた

山田:
こういった相談窓口事業を大々的に運営的に展開しようとすると、財源の問題もあって弁護士会だけの力だけだと難しいんですよ。国の事業になったことで、常時相談員を置いて相談対応ができるようになりました。

ぽな:
なるほど、完全無料ですもんね。フリーランス・トラブル110番は個人的には本当に革新的なサービスだと思っていて、登場したときはかなり衝撃を受けました。だって、弁護士さんに相談するのって一般市民にとっては結構ハードルが高いじゃないですか。精神的なハードルはもちろんですが、それ以上に経済的な問題が……。

山田:
そうなんですよ。法律相談の相場は30分5,000円ですが、この「5,000円が払えない」と感じる方は結構いらっしゃると思います。相談だけで5,000円となると、ハードルは高いですよね。

ぽな:
だからこそ、相談料無料で全国どこにいても相談できて、しかも匿名でもOKだというのは、これはすごいサービスができたものだなと思ったんです。

山田:
我ながらいいサービスだと思いますよ(笑)。通常、弁護士会の法律相談というと、基本は相談室に来てもらって、たまに電話相談も受け付けて、という感じになります。基本的には、その地域の方の相談を受けるという形にならざるを得ないところがあるんです。

しかし、フリーランス・トラブル110番の場合は全国対応でやっていて、電話やメール、オンラインでも相談を受け付けています。実際、全国から相談が来ていますし、たまに海外のフリーランスからの相談もあります。

ぽな:
海外ですか!? 本当にいろんなところから相談が来るんですね。

山田:
もちろんフリーランス人口が多いのは東京ですから、東京在住の方からの相談が一番多いんですけどね。でも、全国から来ますよ。

ぽな:
電話やメールで大丈夫というのは、私のような地方在住のフリーランスにとってはありがたいです。

山田:
相談の手段は今のところ電話が6割、メールが4割ですね。電話やメールで解決できない場合は対面やオンラインで相談に乗る仕組みもありますが、電話やメールでも結構踏み込んだアドバイスをしているんですよ。なので、実際にはほとんど電話とメールで済んでしまうケースが多く、対面やオンラインでの相談に至ることはあまりありません。

フリーランスのトラブル相談件数は年々増加している

ぽな:
フリーランス・トラブル110番への相談件数は年々増加していると聞きます。相談件数はすでに1万件を超えたとか。

山田:
2021年度が4,000件程度、2022年度が7,000件弱ですかね。2020年度は1,300件ほどですけど、この窓口が始まったのが11月下旬ですから。わずか4ヶ月間ほどの数字です。

ぽな:
すごいですね。「朝から晩まで電話が鳴っている」というのも納得です。

幸い私は法律トラブルらしいものにあったことがないのですが、未払い・不払いをはじめ何らかのトラブルに巻き込まれた経験があるフリーランスは珍しくないと思います。

フリーランスからの相談が多い契約・支払いのトラブル事例は?

ぽな:
これまで多くのフリーランスの相談にのってきて、一番多かったトラブルはどんなものですか?

山田:
報酬の未払いが圧倒的1位ですね。あとは支払いが遅れているとか。一方的に減らすとか。

ぽな:
ありがちですね……。

山田:
成果物の出来があまりにも悪いとか、発注者の言い分に理由があるケースもあることはあります。しかし、特にフリーランスに落ち度がないのに払わない、一方的な理由で支払いを減額する、というケースが残念ながら少なくありません。

本来、一度決めた契約内容を変更するためには、双方の合意がいるわけなんです。が、「ウチも仕事が厳しくなってきたから値段下げるわ」「元請から支払いがないからあなたにもお金が払えない」みたいなことを平気で言う発注者もいます。

ぽな:
許せない……けど、金額によっては「弁護士に相談するほどじゃないかな」と思ってしまいそうですね。

山田:
数万~30万円という少額のご相談も多いですね。少額とは言いましたが、本人の生活がかかっているという意味では大問題なわけですよ。たしかに、30万円は裁判の世界だと少額かもしれません。でも、会社員でお給料から30万円が勝手に引かれたら大変でしょう。

ぽな:
生きていけないです。

山田:
ね。でも、これくらいの金額だと弁護士を雇うのは法テラスを利用しても逆に赤字になってしまう可能性が高い。そうすると、自分で交渉するか、ウチの方で和解あっせん(※)をするか、少額訴訟をやるかという話になってきます。

ちなみに、報酬未払いについては、和解あっせんで解決するケースが結構ありますね。申立書を送った段階で払ってくれることもあります。

※和解あっせん:話し合いでトラブルを解決する手続き。あっせん人弁護士が当事者の間に入ってくれるのが特徴です。

ぽな:
おお、これは心強いですね。

山田:
和解だとお互い譲り合う感じになるので、100パーセントの勝利は難しいかもしれません。でも、裁判をして強制執行をかけるとなると大変ですから。相手の財産を探さないといけないですし、別途裁判所での手続きもあります。

ぽな:
そうですね。手間ひまを考えたら、さっさと払ってもらったほうがラクですよね……。

業種によってトラブルの種類も変わる?

ぽな:
相談に来るフリーランスは、どのような職種が多いんですか?。

山田:
今、相談がいちばん多いのは運送関係ですね。「業務委託契約で働いているんだけど、これって実質的には労働者じゃない?」みたいな相談が多いです。場合によっては、労基署に行ってみなさい、とアドバイスすることもありますよ。

ぽな:
これは一部のデジタル系フリーランスにもありそうな話ですけども……。ちなみに職種によって相談内容はぜんぜん違いますか?

山田:
違います。報酬未払いはどの業界にも共通ですが、業種によって特有のトラブルがあります。運送やエステ、マッサージだと、「辞めたいのに辞めさせてもらえない」「辞めたら高額の罰金を払えと言われた」などという相談も多いですね。

WebデザイナーやITエンジニアといったデジタル系のフリーランスの場合は、やり直しや仕様変更に関するトラブルが多いですね。仕様変更で振り回されたり、何度も無償でやり直しをさせられたり、いつまでたっても作業が終わらず報酬を請求できなかったり……。

ぽな:
これは私の周りでもしばしば聞く話ですね……。

山田:
Web系やシステム系の業界だと、発注者が仕様も決めず、見切り発車で発注してしまうことも結構あるんですよね。成果物の定義もよく決まっていないので、契約書も作れない。仕事のゴールも見えない。ゴールがわからない状態でふわっと案件にアサインした結果、結果的にトラブルになってしまうと。デザイナーやITエンジニアさんは多いですね。

ぽな:
ものすごくありそうな話なので、自分でも気をつけたいと思います……! ハラスメントはどうでしょうか? 私の周りでも、ちらほらセクハラにあったみたいな話は聞くのですが……。

山田:
相談にきている範囲では、セクハラは芸能とか舞台、あとフリーの編集者に多い印象ですね。特にチームに組み込まれて働くフリーランスが巻き込まれやすいと思います。

リモートで働いている方については、どちらかというと、パワハラのほうが多いですよ。リモートで働いている方でも、言葉によるパワハラの相談はあります。

ぽな:
ううーん、リモートだから安心というわけでもないんですね……!

フリーランスがトラブルに巻き込まれないためには「自衛」が重要

ぽな:
こうしたトラブルが多いのは、やはり発注者との関係を考えたときに、フリーランス側の立場が弱いからでしょうか。

山田:
そういった側面はあるかもしれませんね。でも個人的には、こうした問題が起きる原因は「報酬の後払い」にあると思っています。報酬が後払いだから、立場が弱くなる。たとえばの話、ネット通販で、商品が届いたあとにお金を払うって、なかなかないでしょう。

ぽな:
クレジットカードか代引きが多いですよね。後払いだと、代金を払わない人も一定数出てきてしまいそうです。

山田:
フリーランスの問題も構造的には同じなんです。後払いだと、構造的にどうしても報酬を払う側の立場が強くなるんですよ。「言うことを聞かないと、来月の報酬は支払わない」という風にもできてしまいますから、フリーランスとしても声をあげにくいですよね。

ただ、本質論から言えば、契約の内容は当事者が決めていいんです。フリーランス側から提案して、着手金をもらうという契約にしてもいい。何が言いたいのかと言うと、「自分の契約は自分で決めるのが大事」ということです。

ぽな:
となると、フリーランスの側にも知識や主体性が求められますね。

山田:
そういった「自分の身は自分で守る」という自覚は、今後ますます重要になってくると思います。

あえて厳しい話をしますが、実際に相談に来られるフリーランスの方の中には、不用意な方も多いんですよ。自分の仕事のことに関しては詳しいしスキルもあるけど、契約などについては不用意で認識も甘い。本当は、自分のもらえる報酬がいくらだとか、成果物の定義はどうなっているのかといったところまで明確に決められるのがプロだと思います。

ぽな:
耳が痛い話ですが、正論すぎて「ぐうの音」も出ないです。実際、SNSのDMで発注者とやりとりしていて、取引相手の本名も住所も知らない……みたいなケースもありますからね。

山田:
そういったケースで相談に来られても、こちらとしては残念ながらお力になれないんですよね。もちろん私たちもできる限りのお手伝いはします。ただ、一方で、契約の内容は何かの形で残しておくなどフリーランス側も自衛策を講じておかないと、いざトラブルになった場合の見通しは厳しいものになりやすいのも事実です。

今後はフリーランス新法もできますので、法律をうまく味方につけてほしいと思います。

「現場の声」から見えるフリーランストラブルの実態

文字通り「朝から晩まで相談の電話が鳴っている」というフリーランス・トラブル110番。相談員になっている弁護士の先生方には本業があり、ふだんの仕事に加えて、こちらのフリーランス・トラブル110番の活動をされているそうです。その熱意には、ただただ頭が下がる思いです。

一方、構造的に弱い立場にあるフリーランスが法律トラブルに巻き込まれる可能性は一般人より高いこと、そして「自分は大丈夫だ」はありえないということも今回の取材を通して改めて痛感した次第です。

今回「中の人」の声を直接紹介することで、フリーランスのみなさんにも先生方の情熱が届きますように、そして深刻なトラブルで困る方が少しでも減りますように。心から祈りつつ、筆を置こうと思います。

(執筆:ぽな 編集:少年B)

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