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「相続」といえば、大金持ちとその家族にしか関係ないものとイメージされがち。
実際、筆者もそう思っていたのですが、FP(ファイナンシャルプランナー)の資格試験を受けるため、「相続」について勉強するうちに、「個人事業主の相続や死亡時手続きはめちゃくちゃ大変だぞ……」と気づきました。
「まだ20代だから関係ないでしょ」
「死んだ後のことまで考えてられない」
……なんてのんきに構えていると、残された家族が大パニックに陥ってしまうかもしれません。今回は、個人事業主の相続と、個人事業主の死後に遺族/相続人がやるべきことをまとめました。
目次
そもそも、皆さん「相続」とはいったい何かをご存知ですか……?
私たちがなんとなくイメージできる相続は、例えば日本を代表するお金持ちが、自分の財産を息子たちに譲り渡すシーンかもしれません(ドラマなら、ここから相続争いが起こって事件に発展するまでがセットですね)。
確かにこれも相続なのですが、じつは相続とはもっと私たちにとって身近なものなのです。
日本では人が亡くなると、その人が生前に持っていた貯金や株式、不動産などの財産は生きている人(相続人)が引き継ぎます。「人は死んだ時点で財産の所有権を失う」ことになるので、宙に浮いた財産を誰かが引き継ぐ必要があるのです。これを一般に「相続」と呼びます。
また人が死ぬと、相続だけでなく、たとえば以下のような多くの手続きが必要になります。
これら「死亡時手続き」のやっかいな点は、残された遺族が手続きする必要があること。本人は亡くなってしまっているため、遺族は自分の生活と並行して死亡時手続きをすることになります。
もちろん「死にたくて死んでいるわけではない」場合がほとんどですが、遺族に少なからぬ負担をかけるのは事実です。
相続争いはお金持ちだけでなく普通の家庭でも多く発生すると言われており、相続争いを避けるためのルール(法律)も制定されています。ここでは相続の基本的なルールを整理しておきます。
まず、相続については被相続人(亡くなった人)の意思(遺言)が強く反映されます。生前はその人の資産だったわけですから、当然と言えば当然ですよね。遺言で「○○にいくらの財産を残したい」と表明していれば、「遺留分」を侵害しない限りはそれが実現するような制度になっているのです。
一方、被相続人が遺言を残さない場合、遺族の協議により遺産は分割されます。しかし、相続争いが泥沼化した場合は「法定相続分」に従った遺産分割が行われるのが原則です。
法定相続分
国が定める被相続人の相続割合。被相続人が配偶者のみの場合は全額相続する、配偶者と子どもの場合は2分の1ずつそれぞれ相続するなど、相続順位、割合が決められている。
相続人の状況 | 法定相続分 |
配偶者のみ | 全額 |
配偶者と子ども | それぞれ2分の1ずつ |
配偶者と直系尊属(親など) | 配偶者が3分の2、直系尊属が3分の1 |
配偶者と兄弟姉妹 | 配偶者が4分の3、兄弟姉妹が4分の1 |
遺留分
被相続人と関係が深い相続人(配偶者や子供など)が、遺言と関係なく受け取れる最低限の遺産分。
遺留分権利者 | 遺留分 |
配偶者のみ、子のみ、配偶者と子ども、配偶者と直系尊属(親など) | 2分の1 |
直系尊属(親など)のみ | 3分の1 |
人が亡くなれば、誰でも多かれ少なかれ相続/死亡時手続きは発生します。しかし、個人事業主の相続/死亡時手続きは普通の会社員や高齢の方に比べてかなり大変です。
では、なぜ個人事業主の相続/死亡時手続きは大変なのでしょうか。理由をまとめました。
じつはこれこそが、個人事業主の相続/死亡時手続きが大変になる最大の原因です。もし会社員が亡くなった場合、会社は以下のような死亡時手続きを行ってくれることが多いです。
もちろん、すべての手続きをやってくれるわけではありませんが、会社のおかげでかなりの負担が軽減されます。
一方、個人事業主が亡くなった場合はどうなるでしょうか。退職を除く手続きを比較してみましょう。
業務委託先に深くコミットしていれば「取引先への通知」くらいはやってくれるかもしれませんが、業務に関係なく亡くなった場合はほとんどの手続きを遺族や相続人が行うことになるでしょう。こうした死亡時の労務が大きな負担になります。
個人事業主のなかには、常駐のような形で1社と深くかかわる人もいますが、ときには10社近いクライアントと並行して仕事をする人もいます。この場合、訃報を伝える必要のある相手が非常に多くなります。
また、案件を再委託している場合には委託先への連絡も必要になるなど、取引のおおまかな事情を把握していないと対応は難しいでしょう。前払い報酬を受け取った状態で亡くなる、あるいは全工程終了後の報酬支払いのプロジェクト進行中に亡くなるなどの場合は、報酬の受取/返還をめぐって問題が発生する可能性もあります。
個人事業主は、事業に使う口座とプライベートの口座が分かれていることも多く、相続や死亡時手続きに必要な資産や負債、口座保有状況の調査難易度が上がります。実際、筆者も個人事業主ですが、以下のように資産や口座が分散しています。
中身が多く感じられるかもしれませんが、筆者の場合は在庫を保有せず、無借金経営のフリーライター。「在庫を保有する」「融資を受けている」「売掛金/買掛金が多く発生するビジネスモデルを採用している」などの場合、資産や負債を把握するのはもっと難しくなるでしょう。
在庫や事業用資産を保有する個人事業主の場合、「息子や後継者に資産ごと事業を引き継がせたい!」と思っているかもしれません。しかし、遺言による指定がなく、遺族の協議でも決着がつかなかった場合、法定相続分に従うとすべての事業用資産を引き継がせることができない可能性も……。
事業用資産がある場合は相続が複雑化しやすいです。
ここまでの内容から、個人事業主の遺族は多くの手続きが必要だとお分かりいただけたかと思います。ここからは、必要な手続きのうち「期限のあるもの」を見ていきたいと思います。
なお、今回取り上げる以外にも死亡時手続きは多く考えられますが、「個人事業主が特に該当しそう(面倒になりそう)なもの」を取り上げて解説します。
個人事業主の多くは国民健康保険の被保険者です。しかし、亡くなった場合は国民健康保険の対象ではなくなるため、遺族が国民健康保険証の返却を行うことになります。故人の住んでいた市区町村の窓口に国民健康保険証を返却しましょう。手続き期限は「死亡から14日以内」と少々タイトなスケジュールです。
ただし、資格喪失届は、死亡届の提出によって自動で処理される場合も多いです。
手続き期限 | 死亡から14日以内 |
手続き先 | 故人の住んでいた市区町村の役所 |
提出するもの | 保険証 |
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個人事業主が亡くなった場合は、後継者が事業を引き継ぐ場合も含め、原則として「廃業届」が必要になります。廃業(=死亡)から1か月以内に、故人の納税していた税務署へ廃業届を提出しましょう。
税務関係の書類は廃業届以外にも複数あります。青色申告をしている場合は「青色申告取りやめ届出書」を廃業年の翌年の3月15日までに、課税事業者の場合は「事業廃止届出手続書」を廃業後すみやかに提出する必要があります。インボイス制度の施行で課税事業者が増えると見込まれるため、どちらの手続きもマストになってくるでしょう。
さらに、15万円以上の所得税納税が見込まれる場合は、納税額の一部を前払いする「予定納税」という制度の対象になりますが、年内の死亡により予定納税額を下回る見込みの場合は「所得税及び復興特別所得税の予定納税額の減額申請手続書」を提出して減額手続きを行う必要があります。
手続き期限 | 廃業から1か月以内(廃業届)、廃業年の翌年の3月15日まで(青色申告取りやめ届出書) |
手続き先 | 故人の納税していた税務署 |
提出するもの | 各種届出書 |
被相続人の資産は誰かが相続するのが一般的です。しかし、「経営が行き詰まり、借金地獄に陥ってしまった……」というような個人事業主が亡くなった場合では、相続すると資産より負債が多くなり、借金を背負う形になることも想定されます。
こうした事態を防ぐためには、相続を放棄する手続きが必要になります。相続放棄は相続開始を知ってから3か月以内に申し立てをしなければなりません。ほかの死亡時手続きを並行しながら、資産と負債を把握し、相続するべきかを判断するには3か月でも短いでしょう。
なお、資産と負債がよく分からない場合、相続したプラスの資産を上回らない範囲でマイナスの負債を相続する「限定承認」という相続方法もあるため、自分にとって最適な相続手続きをよく考えてみましょう。
手続き期限 | 相続開始を知ってから3か月以内 |
手続き先 | 家庭裁判所 |
提出するもの | 相続放棄の申述書、被相続人の住民票除票または戸籍附票、申述人の戸籍謄本など |
個人事業主が亡くなったからといって、税金の納付が免除されるわけではありません。「当該年度の1月1日~死亡日までの合計所得」が48万円(基礎控除額)を超える場合(あるいは還付金がある場合)、確定申告が必要です。しかし、亡くなった人が確定申告をするワケにはいかないので、相続人が共同で確定申告書をつくって提出する「準確定申告」を行わなければなりません。
準確定申告は相続開始を知った日から4か月以内に行う必要があります。人によっては慣れない帳簿付け、確定申告書の記入が大きな負担になるでしょう。幸い、準確定申告が必要なのは一度きりなので、無理せず税理士の力を借りるのもオススメです。
手続き期限 | 相続開始を知ってから4か月以内 |
手続き先 | 故人の納税していた税務署 |
提出するもの | 通常の確定申告書類、準確定申告書 |
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相続が穏便に終わり、遺産が行きわたっても相続は終わりません。相続の完了後は、相続税の申告が必要になります。ただ、遺産総額が「基礎控除(3000万円+600万円×法定相続人の数)」を下回った場合、そもそも相続税がかかりません。
相続税の計算は例外なども多く非常に複雑ですが、おおまかな流れは以下の通り。
詳細な解説は省略しますが、面倒くささはよく伝わったかと思います。相続税の申告は被相続人の死亡から10か月以内と期限も決まっているので、早めの準備を心がけましょう。
手続き期限 | 被相続人の死亡を知ってから10か月以内 |
手続き先 | 故人の納税していた税務署 |
提出するもの | 相続税の申告書 |
個人事業主のなかには、国民年金だけという手薄な社会保障をカバーするために「iDeCo」や「小規模企業共済」などの制度を利用している方も多いでしょう。個人事業主が亡くなると以後の支払いが必要なくなるのはもちろん、原則として遺族は「死亡一時金」を受け取れます(受け取り順位は制度によります)。
国民年金の死亡一時金(遺族基礎年金や寡婦年金を受け取らない場合)の受給権は死亡の翌日から2年、iDeCoの死亡一時金の受給権は死亡から5年で効力を失うため、余裕のある時に手続きを済ませましょう。
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個人事業主の遺族がやるべきことには、期限のないものも多くあります。ただ、言ってみれば法的な期限がないだけで、文字通り速やかに済ませるべき手続きもあるのが実情。
ここでは期限こそないものの、個人事業主の遺族がやるべきことをまとめました。
ここまでの説明で、相続に際しては遺言の存在が大切だということはご理解いただけたと思います。逆に言えば、遺言の有無がハッキリしなければ相続は進められないのです。
そこで、まずは遺言の有無を確認し、存在する場合は遺言の隠ぺいや書き換えなどを防ぐため、家庭裁判所で「検認」という手続きをする必要があります(遺言の形式によっては不要)。検認時に内容は確認できるので、原則は遺言に従って相続を進めていくことになります。
また、法的な効力はないものの、故人が死後のために執筆した「エンディングノート」などがあれば、死亡時手続きの大きな助けになります。発見したら必ず確認しましょう。
遺言の確認ができたら、相続を開始するにあたり「そもそも故人の相続人は誰なのか」を把握しなければなりません。これを「相続人の確定」といい、故人の戸籍謄本を調査して相続人を確定させるのが一般的です。
遺言がある場合を除き、相続権が発生する親族は決まっています。
相続を進めるうえで、「故人はどのくらい財産を持っていたのか」を把握することは非常に重要です。相続額や相続放棄の決断は、正直「故人の財産次第」といえるからです。
遺言の作成時は財産リストである「財産目録」がセットになる場合も多く、これを参照できれば財産調査はかなり楽です。ただ、財産目録がない場合、個人事業主の財産把握は難易度が上がります。
故人の取引先への通知は法的な義務ではないものの、個人事業主の場合はマストといっていい手続きでしょう。会社員と違いクライアント側が個人事業主の訃報を知ることも難しく、業務内容によってはプロジェクトに多大な影響を与えるためです。
また、個人事業主の場合は報酬まわりにも目を光らせる必要があります。ただ、死亡時手続きと並行して法的に高度な話し合いを行うのは現実的ではなく、こうした状況が想定される場合は弁護士などのプロに相談するべきでしょう。
なお、進行中の案件などについてクライアントに個別連絡の必要がある場合を除き、SNSなどを代わりに更新して訃報を拡散するのも選択肢の1つです。
これは近年特有の手続きでしょう。特に、2020年代中盤から人気となったサブスクサービスでは、基本的に契約者の死亡を確認できません。そのため、契約者の死後も課金が続いてしまうリスクがあります。遺族は速やかにサブスクなどの解約を進めるべきでしょう。
特に、個人事業主は業務上の必要性から以下のような高額サブスク、保険に加入している可能性は高いです。
数か月分だけでもかなり高価になる場合もあるので、可能な範囲で解約するようにしてください。
個人事業主が亡くなると、遺族や相続人に大きな負担をかけてしまうことが分かりました。しかし、個人事業主が生前からしっかりと「死亡時の対策」を講じておけば、遺族や相続人の負担はかなり軽くなります。
ここでは、個人事業主が生前にできる「死亡時対策」をまとめました。
基本中の基本ですが、遺言をしっかり残すことは非常に大切です。仮に20代、30代でも亡くなるケースは当然あり、早いうちから準備をしておきましょう。
遺言は書面で残すことが一般的で、盛り込みたい内容は以下の4点。
なお、日本には大きく分けて3通りの遺言書の書き方があります。若いうちに保険として書く場合は、負担面を考慮して「自筆証書遺言」を法務局に預けるくらいがちょうどいいでしょう。
自筆証書遺言 | 公正証書遺言 | 秘密証書遺言 | |
作成者 | 本人が手書き | 公証人 | 本人(手書きでなくてもOK) |
作成場所 | 自由 | 公証役場 | 自由 |
証人 | 不要 | 2人以上 | 3人以上(うち公証人1人) |
費用 | 作成時は無料(開封時に別途検認費用が必要) | おおむね2~10万円 | 11,000円(開封時に別途検認費用が必要) |
検認 | 必要(ただし、法務局での保管制度を使えば不要) | 不要 | 必要 |
メリット | ・手軽に書ける ・費用が安い ・保管制度を使えば偽造や紛失のリスクがない |
・偽造やトラブルのリスクが極めて低い ・検認が不要 ・公証人が作成してくれる |
・遺言の中身を誰にも知られずに済む ・パソコンで作成可能 |
デメリット | ・遺言の効力が保証されない ・手書きする必要がある |
・費用が高額 ・作成に手間がかかる ・証人が必要 |
・検認が必要 ・遺言の効力が保証されない ・偽造や紛失のリスクがある ・証人が必要 |
個人事業主にとって、ある意味遺言以上に大切なのが「エンディングノート」。エンディングノートには、例えば以下のような情報を記入すべきだとされています。
これらの情報があるだけで、個人事業主の死亡時手続きはグッと楽になるでしょう。
エンディングノートは、市販のものを買って書けば「書くべき項目」に悩まず済みます。ただ、筆者はわざわざノートを買って書くのが面倒くさかったので、妻とのLINEのノートに簡易的なエンディングノートを書き込んで共有しています。
自分の死亡時手続きが「明らかにハードだ」と分かっている個人事業主は、生前に「死後事務委任契約」を結ぶことでも対策できます。この契約は、文字通り「自分が死んだ後の事務手続きを他人に任せる」というもの。
などを、相続関連以外の大半の手続きを信頼できる人や、弁護士などの専門家に委任できます。「独身で近くに家族がいない」「同性や事実婚のパートナーがいる(事実婚の場合は法定相続人にはならず、関われない死後事務も多い)」といった事情があれば、利用を検討してみるのもおすすめです。
相続が楽になるわけではありませんが、「できるだけ多くの財産を遺族に残したい」「相続税を払いたくない」と思う方は多いでしょう。世間でも数多くの相続税対策ノウハウが出回っているため、資産が多い場合にある程度の相続税対策をしておくのはおすすめです。
個人事業主に特に関連するところでは、ある程度稼げるようになった時点で法人化してしまうのが一番の相続税対策とされています。相続税は「個人の財産」に課税されるものなので、法人化することで個人の財産を減らし、相続税の課税資産を圧縮できます。
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一人でできる準備もありますが、やはり万が一の事態について家族などと話し合っておくことは大切でしょう。「寂しい気持ちになるからイヤ」という意見も分かるものの、事前に話し合いをしておくとで万が一の際にやるべきこと、事前に準備しておくべきことが整理できるでしょう。
ここまで、個人事業主の相続/死亡時手続きについてまとめてきました。
まだ20代、30代の方は、「終活」について考えることはほとんどないかもしれません。しかし、人生は何が起こるか分からないもの。遺言やエンディングノートの作成を先延ばしにしているうちに、不慮の事故によって……ということも無いとはいえません。
一気にすべての準備を済ませる必要はありませんが、時間をみつけてなるべく多くの準備を済ませておくと、より安心して働けるようになるでしょう。
(執筆:齊藤颯人 編集:少年B)