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「フリーランスを守るためのガイドラインなるものが国から発表されたらしい」
周囲のフリーランス仲間やネットニュースなどで、こんな話を聞いたことはありませんか?
その正体は、公正取引委員会(公取)や経産省が作成に関わった『フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン』(以下、ガイドラインという)です。ところが、内容をまじめに読んだことがある人はかなりの少数派だと思います。
だって、このガイドライン、まず長い! そして漢字と専門用語が多い! 我々にとって大事な内容が書いてあるっぽいとはいえ、読むだけでも一苦労です。
だから筆者、思い切ってクリエイター法務の分野で活躍されている河野冬樹弁護士に訊いてきました。
───ぶっちゃけ、ガイドラインってなにが書いてあるんですか?
法律事務所アルシエン 弁護士。主に個人クリエイター向けにリーガルサービスを提供している。ミステリをこよなく愛する活字中毒者。(Twitter:@kawano_lawyer)
こたつとお布団、コーヒーをこよなく愛するフリーライター。法学部出身のはずが、なぜか卒論のテーマは村上春樹であった。やれやれ。(Twitter:@ponapona_levi)
目次
ぽな:
公正取引委員会(公取)や経産省が作成に関わった国のガイドラインが2021年3月に発表されたとき、周りのフリーランスに「どう思う?」って訊いてみたんですよね。
河野:
うんうん。
ぽな:
そうしたら大半の人は「何それおいしいの」という反応で。
河野:
なるほど(笑)
ぽな:
でも、一応フリーランス界隈ではニュースになったトピックでもありますし、知っておかないとまずいのかな、と。
というわけで、先生! ズバリ、ガイドラインには何が書いてあるんでしょう……?
河野:
分かりやすく言うと「クライアントがフリーランスに対してやってはいけないこと」が書かれています。
ガイドライン2ページ目の目次、特に第3-3を見ていただけるとわかりやすいはずです。
河野:
ここでは問題行為のパターンが12個挙げられているのですが、フリーランスの皆さんにはたぶん「あるあるだな」と思っていただけることが並んでいるんじゃないかと思います。そもそも本来、あってはいけないことなのですが……。
ぽな:
確かに言葉はちょっと難しい感じはあるんですけど、書いてある内容としては、ギャラが減ったとか……。
河野:
減った、遅れた、値切られた。何度もやり直しさせられる。一方的に仕事をキャンセルさせられる。著作権を譲渡させられる。これ、実は(1)~(6)までの内容を言っています。
こうして読んでみると、ガイドラインにはフリーランスにとって身近な事例が書いてあることがわかるんじゃないかなと思います。で、こうしたことをクライアントはフリーランス側に対してやってはいけませんよ、と言っているわけです。
ぽな:
書いてあることは一見難しそうだけれども、実は中身を見ると、「フリーランスあるある」ということですね……。
ぽな:
先生のお話を伺って、ガイドラインに書いてある内容が「本当にあるあるなんだ」ってことがよくわかりました。でも、そうは言っても、この漢字の羅列を見てドン引きしちゃう人もいると思うんですよね……。
で、「みんなが最初につまずいちゃうところはどこなのかな」と考えたときに、まず気になったのは、目次の第2-2にある「独占禁止法、下請法、労働関係法令とフリーランスとの適用関係」なのかなって。
河野:
いかにも「お役所が書くとこうなるんだな」という感じですよね(笑)。
ぽな:
小難しく書いてあるのもそうですし、「法律がいっぱい登場しすぎて、どれが自分に関係するのかわかんない!」という人もいると思うんですよね。だから、そのあたりについて簡単にお伺いできれば。
まず注目するべきポイントとしては、フリーランスとして働いてはいるんだけど、実は労働法制上の「労働者」になっちゃうケースがあるということですよね。
河野:
一応請負や業務委託という形になってはいるけど、実態は雇用───いわゆる偽装請負のケースですね。
ぽな:
たとえばの話。フリーランスのSEとして企業に常駐してて、毎日決まった時間に常駐先に通勤して、社員さんの指示を受けて働いて……となると、かなり怪しい話になってくる。
河野:
そうですね。こうしたケースでは労働法が適用される可能性があると。その結果、残業代を払わなければならないとか、簡単にクビにできないとか、そういう問題が出てくることになります。
ぽな:
ガイドラインでも、フリーランスが労働法制上の「労働者」として、労働基準法などの適用を受ける可能性があると書いてありますね。ということは、事実上の労働者として労働法が適用されるケースがあって、そうでない場合には独禁法(独占禁止法)や下請法が適用されることになる。
河野:
そうです。ただ、民法の考え方では「契約自由の原則」(※1)がありますから、「お互い合意していればOKじゃないの」という話になってきます。それゆえに、「契約をすれば何でもOKなんだ」とクライアントさんが誤解しているケースもありますね。このあたりのお話は、じつは法律をちょっとかじっている人ほどつまずきがちなポイントです。
でも、実際のところ、独禁法や下請法というのは、民法の「契約自由の原則」とは矛盾する発想のもとに作られた法律なんですよね。
ぽな:
なるほど……。独禁法や下請法は「契約自由の原則」の修正として働く法律だから、いくらクライアントさんが「契約は万能だ」といっても……。
河野:
いくら契約で取り決めていたって、「それはさすがにダメでしょ」とクライアント側に言える余地があるってことですね。
ガイドライン違反の契約については、たとえフリーランス側が「OK」と言ったとしても、あまりに内容がひどいものであれば、あとで契約が無効になることもありますよ、と。
※1 契約自由の原則
基本、「誰とどんな契約を結ぶかはその人の自由」という民法上の大原則。民法の基本原理の一つである「私的自治の原則」のあらわれとされている。ただ、形式的に契約自由の原則を貫くと、社会的強者が一方的に自分に有利な契約を押し付けるなどの弊害が生じかねないことから、独禁法、下請法、労働法など「社会的強者の無茶ぶり」を規制するための法律が登場したという経緯がある。
ぽな:
ガイドラインそのものはクライアント向けに発表されている文書ということですが、一応私たちフリーランスにも関係があるものですよね。特に、我々が押さえておく必要があるポイントにはどのようなものがあげられるでしょうか?
河野:
特に押さえるべきポイントは、報酬の不払いや不当なやり直し、理不尽な著作権譲渡などですね。こういった「フリーランスに不利益を与える行為については、少なくとも不当に圧力をかけて承諾させることはできませんよ」ということです。
ぽな:
とりあえず「クライアントさんに理不尽な要求をされたら危ないんだな」ということを、フリーランス側も理解する必要があると。
河野:
そういうことですね。そのうえで、契約書云々という形式的な話ではなく、著作権や報酬の決定権といった「自分の守りたいもの」を守ることを考えて動くことが大切です。そして、あえて契約時に無理を言ってくるクライアントはガイドラインの存在を知らない可能性が高いので、「こうした行為をすると、こんなリスクがありますよ」と教えてあげましょう。
ぽな:
あくまでも教えてあげる感じなんですね。
河野:
いきなり公取に通報するのもどうかと思うので。だから、そこは親切に教えてあげてですね。「誰かがそういうことを公取に言っちゃうかもしれませんよ、私がやるかは別として」と。
ぽな:
ええっと、それを脅しというのでは……(笑)。
河野:
いやいや、決して脅しではありません。人として、相手が知らないことを教えてあげるのが親切でしょう。
ぽな:
な、なるほど……?
河野:
で、何か不当なことを、圧力を背景に言われそうになったらですよ。「実は法律はこうなんです」と教えて差し上げることに意味があるんです。で、親切に教えてあげると相手にもその気持ちが伝わって、きっと親切にしてくれるので。
ぽな:
先生、ちょっと……いや、かなり黒い話になってきましたけど……?
河野:
(笑)。最終的には相手の態度次第になってしまうところもありますが、クライアントの利益のためにも言わなければならない場面はあります。「まずはクライアントと、そういった話をできるだけの関係性を作っていきましょう」という話です。
ぽな:
もしガイドライン違反をするようなクライアントがいたとして、私たちとしてはどう対処すればよいのでしょうか?
河野:
まずフリーランスの方にとって関心があるのは、クライアントが公取のペナルティを受ける云々の問題ではなくて、不当な契約を無効にできるかという次元の話だと思うんですよ。
ここで押さえておかなければならないのは、独禁法や下請法に違反しているからといって、必ずしもダイレクトに契約が無効になるというわけではないということです。契約が無効になるには、いわゆる民法の「公序良俗」(※2)に反する、つまり明らかに社会的な常識に反しているだろうと言える次元である必要があります。
ぽな:
公序良俗に反するがゆえに、契約が無効というロジックになるわけですね。
河野:
実際に公序良俗違反になるかどうかは、違法性の強弱などの要素を考慮して判断します。裏を返せば、相手から「それ、独禁法違反なんじゃないの?」と指摘されていたにも関わらず、無理に押しきったような場合は、非常に悪質であると評価されるわけです。
ぽな:
つまり、相手とのやりとりを全部記録に残した上で、相手が独禁法や下請法的に危ない行為をしていたら、きちんと指摘する。それでも相手が押し切ろうとしたら、その発言を言質に取っておくと。こういうことでしょうか?
河野:
そういうことですね。たとえばZoomなどのオンライン会議であれば、相手が何か怪しい発言を始めた瞬間に、レコーディングボタンを押すとかね(笑)。
※2 公序良俗
「公の秩序又は善良の風俗」の略。民法には、「公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は無効にする」(民法90条)との規定が存在する。社会常識や倫理・道徳に反する契約を強制的にバッサリ切り捨てる、伝家の宝刀。ただし、なかなか抜けない。
ぽな:
先生から伺ったことを総合すると、ガイドラインの主な活用方法としては、クライアントとの商談/交渉時に使うという形になるのでしょうか?
河野:
そうですね。まずはガイドライン違反を先に指摘しておく。それでも相手が押し切ってきた場合には、契約に至るまでの経緯もふまえて無効を主張することになると思います。
また、契約後にガイドライン違反が発覚した場合は、クライアント側に「このままだと御社に迷惑がかかりかねないので、適法な形の契約に変えませんか?」と提案するという方法もあります。良いクライアントなら、むしろ喜んで契約の見直しに応じてくれますから。
一方、「一度契約したものだから」と相手が言ってきた場合は、それこそ契約の無効を主張することも検討する必要があります。
ぽな:
では、実際に契約の無効を主張する場合の手段についてはどうでしょうか。公取に訴える、弁護士に相談するといった方法ももちろんあると思うのですが、どうしてもハードルが高く……。他に相談先があればお伺いしたいです。
河野:
そうですね。まず「公取に行く」と考えがちかもしれませんが、公取は民事のもめ事を仲裁する組織ではなくて、あくまでも「公の競争政策のために監督をする」という機関なんですね。結果的に公取が入ってうまくいくこともあるけれど、ダイレクトに個人の権利を守るために動いてくれるわけではないんです。
ぽな:
少なくとも私たちにとって、公取が相談先として最適とは限らないわけですね。となると、まずはクライアントさんと交渉するしかない、ということになるのでしょうか。
河野:
そうですね。あとは弁護士会のADR(裁判外紛争解決手続)や裁判所の調停、第二東京弁護士会がやっているフリーランス110番、こういった制度を活用すると便利かな、と思います。
フリーランス・トラブル110番とは?厚労省と弁護士会がタッグを組んだ最強相談窓口【弁護士監修】
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ぽな:
ガイドラインが出たことで、これからのフリーランスをめぐる取引環境が変わることはあるのでしょうか。
河野:
今すぐに変わるというよりは、何年もかけて徐々に取引環境が変わっていく、そういう性質のものだと思います。というのも、たとえば独禁法の規定については、最終的に「正常な商慣習に照らして」(※3)というマジックワードに頼ってしまっているところがあるんですね。
ただ、「これまでフリーランスと企業の間に、正常な商慣習なんてものがあったんだろうか」と。
ぽな:
それを言われてしまうと、言葉に詰まりますね……。
河野:
私としては、今回のガイドラインに「企業側に有利な既存の商慣習を、強制的にフリーランス寄りに修正してくれる」という役割を期待するのは難しいかなと感じています。
ただ、「本来、商慣習はもっとフリーランス寄りであるべきだ」というメッセージを発信したという意味で、ガイドラインの持つ意義は大きいです。このガイドラインの制定をきっかけに、徐々にフリーランスと企業の間の「あるべき商慣習」ができてくれたらいいなと願っています。
※3 正常な商慣習
yuuetsutekichii.pdf (jftc.go.jp)によれば、正常な商慣習とは「公正な競争秩序の維持・促進の立場から是認されるもの」をさす。公正な競争を阻害する、と認められる場合には「正常な商慣習に反して」いると認めれやすいそうな(kaihou_202003_04.pdf (jpwa.or.jp))。なお、現状の商慣習に合致しているからといって、直ちに「正常な商慣習」として正当化されるとは限らないことに注意。
「契約書云々という形式的な話ではなく、著作権や報酬の決定権といった『自分の守りたいもの』を守ることを考えて動くべき」というコメントが印象的なインタビューでした。
一見難しそうに見えるガイドラインですが、実は書かれていることは我々にとって身近な内容ばかりです。クライアントさんと「本来あるべき」関係を築くためにも、ガイドラインの内容がもっとフリーランスに知られてほしい。改めて、そう強く願いました。
(執筆:ぽな 編集:齊藤颯人 協力:河野冬樹弁護士 イラスト:はこしろ)
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