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温泉オタクの仕事の取り方「趣味だから、やりたい仕事を選んでいる」

永井千晴 稼いだお金で推しの温泉に課金したい
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「フリーランスは専門性が必要な時代」と言われることが多くなりました。でも、専門性とは、いったい何なのでしょうか。わたしはライターをしていますが、グルメに旅行におもしろ記事まで、書けそうなものは何でも手当たり次第に書いています。自分の専門性って何だろう……そんな悩みを持つフリーランスも少なくないはず。

そんなとき、ふと気付いたのです。「ニッチだけどオンリーワンなお仕事をしている人の生き方に、専門性を身につけるヒントがあるのでは?」と。

今回お話をお伺いしたのは、2万人以上のフォロワーを持ち、温泉エッセイも出版した「温泉オタク」の永井千晴さん。温泉という広い分野で、自分だけの立ち位置を確立した方法を聞いてきました。

永井千晴(ながい ちはる)
永井千晴(ながい ちはる)

全国各地の温泉を取材した経験を持つ温泉オタク。これまでに入った温泉は500ヶ所を超える。旅行情報誌「関東・東北じゃらん」で編集者として働いていた経験があり、現在はCHOCOLATE Inc.のビジネスプロデューサー。2020年11月26日に『女ひとり温泉をサイコーにする53の方法』を出版。好きな言葉は「足元湧出」。(Twitter:@onsen_nagachi

聞き手:少年B
聞き手:少年B

温泉オタクのフリーライター。関東・北海道・東北・九州を中心に400ヶ所以上の温泉に浸かっているが、関西中国四国はからっきしと、地域差が激しい。(Twitter:@raira21

バイトがきっかけで日本全国温泉巡りの旅へ

永井千晴さん 真顔

少年B:
永井さんのお仕事について教えてください。

永井:
本業はビジネスプロデューサーをしていまして、趣味兼副業として温泉オタクをしています。温泉オタクとしては、記事の執筆や旅行プランの監修、BIGLOBEの「温泉大賞」選考委員、セミナー登壇などの活動をしています。

 

少年B:
めっちゃ幅広いですね! 温泉巡りを始めたきっかけは何だったんですか?

永井:
学生時代にバイトをしていた企業で、テレアポやライティングをしていたんですが、そこの社長が温泉好きな方で、自社で『温泉JAPAN』というメディア立ち上げたんです。

温泉JAPAN

▲温泉JAPAN(現在は更新停止)では「たかちの湯巡り、日本一周」を担当

少年B:
温泉JAPAN! 当時めちゃめちゃ見てましたよ、懐かしい!!

永井:
ありがとうございます!(笑) ユーザーに投稿してもらうことをイメージしていたんですが、なかなかコンテンツが集まらず……。そこで社長に「ねぇ、ヒマだったらちょっと温泉行って記事書いてみない?」と言われまして。

少年B:
それでは休日を利用して箱根とか近場の温泉に……?

永井:
いえ、大学を休学して半年間、日本全国温泉巡りの旅に出ました

少年B:
????????

永井:
20歳のころですね。半年かけて日本全国各地の温泉に入っては記事を書くということを続けました。その当時だけで300ヶ所くらい浸かりましたね。

少年B:
温泉との出会いがハードモードすぎませんか?

永井千晴さん 笑顔

永井:
そう、めちゃくちゃしんどかったんですよ。お金もないのでずっと車中泊で。でも「もう帰りたい」って気持ちもありつつ、同時に行ったことのない土地に行くおもしろさもあって。

少年B:
確かに、それは旅行の醍醐味ですよね。

永井:
記事を書くのも最初はいろんな人のレビューを見ては「こういうことかな……」って言葉をひねり出してたんですが、毎日のように温泉に入っていると、さすがにだんだんわかってくるっていうか、ちょっとずつ自分の中から言葉が出てくるようになったんです。

温泉ごとの違いがわかるようになるととすごくおもしろくなっていって、旅を始めて1ヶ月ぐらい経った時にはもう完全にハマっていました。

「経験を残したい」から発信を始めた

永井:
旅が終わった後、せっかく得た温泉の知識を活かしたくて、旅行専門雑誌の『じゃらん』でバイトを始めました。

少年B:
そりゃ、じゃらん的には絶対欲しい存在ですよね。全国の温泉や温泉地にめちゃめちゃ強い人材じゃないですか。

永井:
温泉の知識はあるんですけど、編集は全く未経験だったので、企画書や記事の作り方などはそこでイチから学ばせていただきましたね。

永井千晴さん 真剣

少年B:
その後のキャリア、そして温泉との付き合い方はどのような感じなんですか?

永井:
大学卒業後はヤフーに入社して、Yahoo!ニュース編集部で編集者をしていました。もう旅行や温泉と全然違う仕事をしていたので、仕事としては「温泉は卒業!」と思ってたんですよ。

少年B:
ほう。

永井:
でも、働いて1年くらいで、「あんだけ温泉行ってたのに、なにも残らないのはもったいないな〜」とふと思って。そこで2017年にTwitterのアカウントやブログを作ったんです。

少年B 手ゴネ

少年B:
現在に至る「温泉オタク」活動の始まりですね。

永井:
そうですそうです。過去に行ったところや、休みの日に行った温泉のことを発信して、いろんな人に見てもらえたらいいなと思って始めました。「どういう反応が来るかな」とか「どうやったら伸びるかな」とか、そういうのを実験しながらやっていった感じですね。

温泉はあくまで「趣味」でいたい

少年B:
永井さんは現在、メディアに寄稿されたり、本を出版されたりしていますよね。趣味で発信していた「温泉オタク」活動が仕事になったのはなぜですか?

永井:
じゃらんやYahoo!ニュースにいたので、周りに編集者の友達がけっこういたんですよ。Twitterに温泉のことをアップしてたら、友達経由で「温泉のこと書いてみない?」って言われることが多くて。そういう意味ではありがたい環境だったのかもしれません。

少年B:
そうするとだんだん副業の割合が大きくなっていって……?

永井千晴さん いやいや

永井:
いえ、大きくなっているという感覚はないんです。もちろん、本が出たってことはありがたいんですけど、基本的には会社員なので。温泉の活動はやれるときにやる、っていう感じで、あくまで趣味として続けていくつもりです。

少年B:
「好きなことで生きていく」みたいな考えかたもありますが、本業にしたいという思いはないんですか?

永井:
「仕事にする」ってなると嫌いになっちゃうような気がして。自分がいいと思ったものだけを書ける、いまの環境がいいですね。本業の仕事を侵食しない程度に、楽しみながらやりたいです。

少年B:
なるほど……。

永井千晴さん 横向き

永井:
あと、オタクなので、「自分で稼いだお金を推しの温泉に課金したい」って気持ちがあるんですよ。だから、本業はやめないと思います。

少年B:
まさしく正しいオタクのお金の使い方……! めちゃめちゃわかる気がしますね……!

永井:
だから私の「温泉オタク」活動の収支って、じつはめちゃくちゃ赤字なんです。この連載に出て大丈夫かなと不安なんですけど(笑)

永井さんの考える温泉の魅力とは?

少年B:
そんな温泉オタクの永井さんが考える、「温泉の魅力」とは何ですか?

永井:
「知らなかったものに出会える」ってのは大きいですよね。たとえば青森県の古遠部(ふるとおべ)温泉なんかは湯船からお湯が川みたいに流れていて、「こんなとこある???」って思いますし。

古遠部温泉

▲古遠部温泉の湯船(永井さん提供)

永井:
他にもその町で大事にされている古くからの温泉があったり、泥みたいな温泉なんだけどこれがツルツルでめちゃくちゃ気持ちいいとか、なんかそういう冒険感とか、一つ一つの温泉って違うので、いろんなところに行って知識が溜まっていくところとか。コレクションに近いかもしれないですね。

少年B:
ああ、すごくわかります。だから1ヶ所じゃなくて、いろんなところを巡りたくなるというか。行ったところをメモして、個人的なお気に入り度をつけたり……。

永井:
私もエクセルでまとめたシートがあります! これは見せられないんですけど、そのシート見て紹介する場所を決めたりしますね。

少年B:
永井さんも! これ、温泉オタクあるあるなのかも……? 永井さんの「推し」の温泉はどこですか?

蔦温泉

▲永井さんの推し温泉のひとつ、蔦温泉(永井さん提供)

永井:
出版した本の最初にも載せてるんですが、蔦(つた)温泉とか、湯川内(ゆがわち)温泉とか好きですね。ぬるくて足元から湧いてる温泉が好きなんです。

少年B:
足元から湧いた温泉、お湯が新鮮でいいんですよね。蔦温泉は行ったことがあります! 湯川内温泉は行けてないんですが、すごく評判がいいところですよね……!

蔦温泉の湯船

▲蔦温泉の湯船。浴槽の床からお湯が湧いている(永井さん提供)

他の温泉マニアとの差別化や自分の強みは?

少年B:
温泉って魅力的だし、日本人ならもれなく好きみたいなジャンルですよね。

永井:
そうですね、「ニッチ」ではないですよね。

少年B:
これは自分が温泉ライターとして書けない理由でもあるんですが、インターネットの温泉オタクって3000箇所とか入ってるとんでもない人たちが普通にいるじゃないですか。発信をしたいと思いつつ、自分なんかが「温泉オタク」と言ってもいいのかな、おこがましいんじゃないかな……って葛藤があるんです。

永井千晴さん 本と一緒

永井:
わかります。正直、自分もその辺りは悩んでいました。温泉は玄人や専門家がたくさんいる世界だから、下手なことを言ったら怒られるんじゃないかとか。

少年B:
永井さんでもやっぱりそう感じていたんですね……!

永井:
「間違ってるぞ」とご指摘をいただくこともありますし、やっぱり怖いんですけど……。でも、それより「伝えて喜んでもらえることが大事」じゃないかなと思っています。

Twitterなどで発信する以前に、身近な人におすすめの温泉を聞かれて、教えたら感謝されることが何度もあって。それで、「めちゃくちゃ詳しい」じゃなくても「価値はある」のかなって、自信を持ったのはあります。

少年B:
確かに、発信しなきゃ始まらないですよね……! じゃあ、他の方々との差別化ってどういうことを考えているんですか?

永井:
図解を大事にしています。基本的に温泉ってわかりづらいんですよね。

永井さんの本

▲書籍でも図解を入れつつ、わかりやすく発信をしている

少年B:
言ったらなんですけど、小難しいですよね。泉質でもたとえば「ナトリウムー塩化物泉」とかとっつきづらいし、浴感(お湯に浸かった感覚)がどうこうって言われても……。

永井:
そうそう、温泉にいくつも入ると、「ああ、これか」って理解する瞬間があるんですけど、初心者はわかりづらいので。だから「もっとシンプルに、カジュアルな表現で興味を持ってもらう」を大切にしています。

▲湯川内温泉の湯船

▲湯川内温泉の湯船(永井さん提供)

永井:
たとえば私の大好きな湯川内温泉って一軒宿で、パッと見の派手さもなくて。お客さんのほとんどは地元の方と温泉マニアみたいなところなんですけど、本当にいいから行ってほしいし行ったらどんな人でも感動する温泉なんですよ。そうやって、ファンが増えて長く営業を続けてくれたら最高じゃないですか。だから「温泉好きだけ」じゃなくて、多くの人に興味を持ってもらいたいなと思いながら発信しています。やっぱり泉質語りたくなってしまうことはあるんですけど───(オタク特有の早口)。

少年B:
語りたいことはあるけど、推しを知ってもらうためにあえて、わかりやすく伝えるってことですよね。新規への布教。

永井:
そんな感じです(笑) あとは、Twitter受けというか、そういう文脈で発信できる評論家さんとか観光協会さんってあんまりいないので、そういう部分に収まったという部分はあるかもしれないです。

 

永井:
たとえば「一泊いくらだとこういう宿です、こういう滞在の仕方です」みたいな。これ、人の金銭感覚による部分もすごくあるので、危ういんですけど。でも「私の感覚、個人の感覚です」って言いながら、出してみると意外と共感してもらえることも多かったので、ちょっとずつ恐れず出していくようになりましたね。

「趣味」だから苦労はない

少年B:
「温泉オタク」として行ってきたお仕事の苦労や楽しさはありますか?

永井:
しんどくなるまではやらないと決めてるので、苦労はないですね。会社員としての給料があるので、やりたくなかったら断っちゃいます。割に合わないことで大切な土日潰れるのはいやなので、「条件を聞いて、やりたい仕事を受ける」という感じです。

少年B:
本業としてやっていくなら「条件が合わなくても、露出のために受ける仕事」もあるかもしれませんが、そういう苦労がないわけですね。

永井千晴さん 横向き2

永井:
必死になったり、自分を削って書いたり、少しでも稼ぎたいと頑張ったり……。そう思わないのが続けられる秘訣というか、楽しめる理由ですよね。仮に私から温泉を取っても仕事が残るので、「極力苦労しない」という方法を取っています。

少年B:
じゃあ、本も「すごく出したかった!」というわけではなかったんですか。

永井:
そうですね、「いつか出せたらいいな」くらいで、「どんなに条件が悪くても、本を出せるならやります!」みたいな感じではなかったですね。

今回の本は、エッセイとして楽しくやらせていただけるということだったので、それなら挑戦してみようかな、という感じでした。

少年B:
今後、やってみたいお仕事や夢はありますか?

永井:
もしも推しの温泉がすごく困ってたら、公式SNSの運用とか、旅行プラン考えたりをしたいかもしれないですね……。でも、温泉や地域に近づきすぎると、「お客さんのための情報」じゃなくなるかもしれないという怖さがあって。

少年B:
どうしても、「この人たちのために伝えてあげたい」って人情が入ってしまいますもんね。

永井:
そうなんですよね。だから基本的にはあまり近づきすぎず「自分がお金を払ってどう感じたか」という情報を伝えていきたいなと思っています。

全てのコンテンツはどれだけ体重かけられるか

少年B:
最後に、永井さんの考える「専門性」の見つけ方を教えてください。

永井:
「やりたくないことをやらない」「好きなことをずっと続ける」が大事じゃないかなぁと思います。「最近これ流行ってるから、ちょっと発信してみようかな?」と思っても、なかなか続かないので。

料理でもインテリアでもいいんですが、自分が苦にならないもの。調べ始めたら止まらなくなっちゃうものを続けていくのがいいと思います。

少年B:
ありがとうございます。中にはそんなに自分に好きなものがないって人もいるかと思うんですが、そういう人はどうしたらいいでしょう?

永井千晴さん 話す

永井:
それであれば、「好きと言ってる人を支える仕事」がいいと思います。私は「全てのコンテンツはどれだけ体重かけられるか」だと思ってるので、特に好きなものがない人は、その体重を支える側になるのがいいかなと。

少年B:
体重をかける……。熱量があるってことですよね。わたしもそういうコンテンツが好きなのでわかります。

永井:
よく物事を比較して話す人がいますけど、別に何かを褒めるために、他のものを下げる必要はないんですよね。専門性を発揮するためには、他のものを下げずに「好き!最高!見て!」って言える熱量があることが大切で。つまり推しのオタクであることが一番いいんじゃないかな、と思います。

だから、すごく好きなものがあるならそれを専門にすればいいし、好きなものがなければ無理に求めずサポートに回る。そういう役割分担をすればいいと思います。熱量がありすぎても、ひとりで空回りしちゃうこともありますからね(笑)

永井千晴さんと少年Bさんと本

【記事のまとめ】

  • 「好きでい続ける」ために本業にはしない
  • 失敗を恐れずに「人が喜んでくれること」を大切に発信しよう
  • 図解やフローチャートで「わかりやすく伝える」のも専門性のひとつ
  • 専門性を発揮するためには「比較せず推せる」熱量が大切!
  • 熱量がなければ無理に求めず「サポートに回る」のがいい

(執筆:少年B 編集:イズミカズキ 撮影:じきるう)

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