エンジニアの副業は週1からでも可能?副業の例や探し方も解説
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「キャリアを築くには専門性が必要」と言われることが多くなりました。でも、専門性とは いったい何なのでしょうか。わたしはライターをしていますが、グルメに旅行におもしろ記事まで、書けそうなものは何でも手当たり次第に書いています。自分の専門性って何だろう……そんな悩みを持つ人も少なくないはず。
そんなとき、ふと気付いたのです。「ニッチでオンリーワンなお仕事をしている人の生き方に、専門性を身につけるヒントがあるのでは?」と。
今回お話をお伺いしたのは、パラグアイの伝統楽器・アルパの奏者として活躍するネルソン鈴木さん。挑戦することの大切さや、ニッチな分野で生きていく術について教えてもらいました。
パラグアイ生まれ、埼玉県育ち。日本では珍しいアルパ奏者として、2020年の全日本アルパコンクール金賞受賞などの実績を誇る。ライブ会場のほか、ホテルや結婚式場などでマルチに活動している(Instagram:@suzukinelson)
音楽鑑賞が好きなフリーライター。都内のライブハウスによく出没するほか、高校時代は毎週のようにカラオケに通っていた。最近はウクレレやインスタコードを(たまに)練習している。(Twitter:@raira21)
目次
少年B:
はじめまして! さっそくなんですが、ネルソンさんが弾いてらっしゃるアルパというのはどんな楽器なんですか? 見た目はハープにかなり似ているようですが……。
ネルソン:
アルパというのは、スペイン語でハープのことです。でも、ただ呼び方が違うというわけではなくて、ハープとは構造自体が違うんです。
少年B:
えっ、いわゆるハープとは構造が違うんですか!
ネルソン:
はい。木や弦の材質も違うし、弾き方も違う。ハープとは全くの別物ですね。
かつて宣教師たちが南米に来たとき、西洋の楽器であるハープも一緒に広まったんですが、当時スペイン領だったパラグアイの人たちが独自に改良をしてアルパが生まれたとされています。中南米では非常にポピュラーな楽器で、パラグアイのほか、メキシコ・ベネズエラ・ペルーなどでも演奏されているんですよ。
少年B:
へぇぇ、独自の進化を遂げたんですね!
ネルソン:
はい。ハープは指の腹で演奏するのですが、アルパの場合は指の腹のほかに爪でも演奏するんです。お琴みたいな指の使いかた、と言えば伝わるかな?
爪で演奏することで、独特のキラキラしたような音が出るんです。気持ちがちょっと明るくなるような、踊りたくなるような。それでいて、繊細な弾き方もできるのがアルパのいいところです。
少年B:
ハープとは弦の素材も違うんですか?
ネルソン:
ハープの弦はテニスラケットなどでも使われている「ガット」なんですよ。一方、アルパは「ナイロン」なので、弦がすごく柔らかいんですね。
少年B:
弦に色がついているのも不思議ですね。
ネルソン:
青がド、赤がファというふうに、スケールがわかりやすくなっているんです。初心者でも、「かえるのうた」とかなら簡単に弾けると思いますよ。
ネルソン:
あとはハープとの比較でいうと、重量の違いが挙げられます。ハープは50kgぐらいあるので、座っての演奏が基本なんですが、アルパはこれで12kgぐらいなんです。楽器の底に付いている足を伸ばせば、立って演奏もできるんですよ。
少年B:
立つとか座るとか、演奏スタイルは人によって違うんですか?
ネルソン:
おおまかに言うと男性は立って、女性は座って演奏する人が多いですね。もちろん人によっても違うので、女性で立って演奏する人もいますけど。アルパは日本だと女性の奏者さんが多いですが、パラグアイでは男性のほうが多くて、パワフルで情熱的な演奏をします。
少年B:
なるほど、演奏スタイルも人それぞれで奥が深い……!
ネルソン:
ですね。日本ではあまり馴染みがない楽器かもしれませんが、じつは『全日本アルパコンクール』という大会も2年に1度、千葉市で開催されているんですよ。
少年B:
調べてみたら、千葉市がパラグアイの首都・アスンシオン市と姉妹都市という縁で始まったコンクールだそうですね。ネルソンさんも参加されているとか。
ネルソン:
はい。ありがたいことに2020年の第12回全日本アルパコンクールではグランプリを受賞させていただきました。
少年B:
アルパの日本チャンピオンが取材を受けてくれるの、すごすぎますね……!
少年B:
ネルソンさんはプロのアルパ奏者ですが、収入源はどのような感じですか?
ネルソン:
クルーズ船やブライダル、小学校やお寺などでの演奏がメインです。Uber Eatsとかアルバイトもしつつ、あくまで本業はアルパといった感じですね。というのも、月収の差がすごいんですよ。
たとえばコンサートをすればそれなりの収益が見込めますし、演奏の依頼が多い月だと月収100万円を超えることもありますが、逆にほとんど仕事がないときもあります。
少年B:
なるほど……。
ネルソン:
なので、僕の場合は家賃などの固定費はバイトで稼いで、「アルパで稼いだお金はアルパに投資する」というように決めています。
少年B:
では、そんなネルソンさんがアルパと出会ったきっかけについて教えてください。
ネルソン:
僕は埼玉県の川口市出身で、父がパラグアイ人なんですが、小学校の2年生までは日本とパラグアイを頻繁に往復していたんです。
車の中でアルパの曲が流れてたり、僕の誕生日にプロのアルパ奏者が演奏しにきてくれたりしたこともあって、小さい頃から「アルパを触ってみたいな」という気持ちがありました。
少年B:
初めてアルパを習ったのはいくつのころだったんですか?
ネルソン:
高校生の頃ですね。お父さんがアルパを買ってくれたんです。先生が月1回自宅に来るというレッスンつきで。僕はちょっとした趣味ぐらいの気持ちだったんですが、お父さんが本気になってしまって(笑)
少年B:
そのころはプロになるなんて考えていなかったんですね。本気になったきっかけは何だったんですか?
ネルソン:
先ほど、全日本アルパコンクールでグランプリを取った話をさせていただいたんですが、じつは3度目の挑戦だったんですね。
初めて参加したのは2011年。アルパを習い始めて3年目のことでした。そこで、審査員としてパラグアイ・アルパ協会会長のマルセロ・ロハスという人がパラグアイから来日されていたんです。
ネルソン:
そしたらそこでマルセロから「君、本場で学んでみないか?」と誘われまして。
少年B:
グランプリは取れなくても、何か感じるものがあったんですかね。ご自分では何がよかったと思いますか?
ネルソン:
全然わかんないです。日本は女性の奏者が圧倒的に多いので、数少ない若い男性として目立っていたからでしょうか。まだ高校生だったので、伸びしろに期待してもらったのかもしれません。
そこで、高校を卒業してから1年間、留学費用を貯めるために働いて、20歳になる年にパラグアイに留学し、1年間マルセロのもとで学びました。そこで初めて本気になったような感じでしたね。
少年B:
でも、いきなり海外にアルパを学びに留学に行くなんて、ご家族は反対しませんでしたか?
ネルソン:
父はむしろ僕以上に大喜びでしたし、母も「いいじゃん」って感じで、背中を押してくれましたね。
少年B:
向こうでの生活はどんな感じだったんですか?
ネルソン:
時間がゆっくり流れていくような感覚はありましたね。時間にルーズなところに、ちょっと腹立たしく感じてしまったり。
少年B:
ああー、海外だとそういう話はよく聞きますよね。先生もけっこうのんびりだったりするんですか?
ネルソン:
そうですね、「今日はこれ練習して、終わったらサッカーを観に行こう!」とか。
少年B:
いわゆる、日本の「弟子入り」とはちょっと違った感じですね。
ネルソン:
そんな感じに振り回されて、最初は僕もちょっとイライラしてしまったり、モチベーションが下がってしまったり……。
でも、途中で「自分が焦ってしまっているな」と気付いたんですよね。周りでゆっくり時間が流れているんだから、それに合わせようと思って。
少年B:
身をゆだねるというか……。
ネルソン:
はい。周りに合わせていくと、自分もゆったりして、気持ちにも余裕ができるし、余裕ができるとその場に合わせて臨機応変に対応できるようになるので。あと、たしかに長い時間の練習も大事なんですけど、集中力が何よりも大事なんだなと。そういう切り替えみたいなものを学びましたね。
そこに気付いてからは、モチベーションが上がっていったし、実力もついて、どんどん本気になっていった感じですね。
少年B:
そして、留学から帰ってきてからはどうしたんですか?
ネルソン:
やっぱり大学は出ておきたいと思ったので、入試を受けました。でも、僕は正直頭がそんなによくないので、AO入試を活用しようと思ったんです。
ネルソン:
このころにはアルパの演奏をしてお金をいただくこともあったので、「プロのアルパ奏者です」とアピールをして、アルパで入学したようなものでしたね。
少年B:
大学もアルパで入ったんですか!
ネルソン:
はい。ゼミも吉岡しげ美さんというピアノの弾き語りをされている先生のところに入りました。専攻は福祉マネジメントなんですが、音楽を活用して社会の福祉に役立てるという内容だったので、それならアルパの経験が生きるんじゃないかと思ったんです。
そこで、介護福祉施設での演奏や、東北震災などへのチャリティー音楽活動など、幅広い活動をさせていただくことができました。
少年B:
では、活動の幅が広がったのは主に大学時代ということになりますか?
ネルソン:
そうですね。いろんなところに「こういう楽器をやってます」と、メールしたり、電話したり、必死に営業していきました。
ただ、当時はいま以上に世間知らずだったので、アポを取らずに飛び込みで営業して、迷惑をかけてしまうことも多かったです。そんななかでも、すごく優しくしてくれる人との出会いもあり、活動の幅が広がっていきました。
少年B:
出会いというのはどのような?
ネルソン:
たとえば、路上で演奏をしてても、みんな通り過ぎちゃうわけです。そこで「もっと人がいるところでやろう」とか思い始めて。
いま考えたらありえないんですけど、大きな商業施設の中庭みたいなところで勝手に演奏をしたんですよ。
少年B:
あっ、それはちょっとマズいやつでは……?
ネルソン:
そうなんですよね。監視カメラで見てた支配人さんがすぐに飛んできて。普通怒られるところじゃないですか。そんなの。
少年B:
なんだなんだ!?ってなりますよね。
ネルソン:
でも「勝手にやるのはダメだけど、おもしろいことするね、君」って、名刺とクリームパンをくれたんですよ。あれは忘れられないですね。
それから、その施設に演奏で呼んでもらったり、はじめてコンサートもその商業施設のホールでやらせてもらったり……。支配人さんにすごくよくしていただきましたね。いまでもそこの商業施設にはお世話になっています。
少年B:
そんなことあります!?
ネルソン:
そうやって、徐々に口コミや紹介で認知されていった感じですね。珍しい楽器なので、目立つという意味ではよかったかもしれません。
少年B:
大学を卒業されてからはアルパ奏者として活躍をされていますが、就活はされなかったんですか?
ネルソン:
はい、ちょっと長くなるんですが、聞いてもらえますか。
大学のゼミで、岩手県の大槌町というところに行ってアルパを弾かせてもらったことがあるんです。2011年3月、街のほとんどが津波で流されちゃって、唯一残った『マスト』というショッピングセンターで演奏をしたんです。
ネルソン:
演奏が終わったあと、聴いてくれた人のほうをみたら、1人のおばちゃんが涙を流していたんですよ。どうしたんだろうと思って話しかけたら、「アルパの音色で感極まってしまった」「来てくれてありがとう」って……。
そこで、初めて「自分のアルパで人に感動を届けられる」と知ったんです。その当時、就活をするかアルパ奏者として活動するか、すごく迷っていたんですけど、「アルパを続けよう」と腹を括ったきっかけになりました。
少年B:
そのおばちゃんがいたから決心がついたんですね……!
ネルソン:
はい。だから、僕がそのおばちゃんに「ありがとう」って言わなきゃいけないですね。
▲アルパの魅力は美しくキラキラした音色。ネルソンさんはアルパの音や演奏を届けるためYouTubeなどでも発信している
少年B:
ネルソンさんのアルパのように、一つのことを極めようとしたり、そもそも極めたい分野を見つけられなかったりすることに不安を感じる人も多いと思うんです。
「自分の強みってなんだろう」「どうやって専門性を身につければいいのか分からない」って。ネルソンさんがそんなふうに悩んでいる人に声をかけるとしたら、何と言いますか?
ネルソン:
「とにかく、失敗を繰り返そう」ですかね……。アルパだって、失敗を繰り返さないと上手くなりません。僕なんか、いまでも失敗だらけです。有名になりたいけど、まだまだ知られていないのが現状です。
昔は勝手に演奏しに行って、それが結果的によかったこともあったけど、もちろん怒られたこともたくさんあります。でも、そういう経験って大事だと思うんです。
少年B:
と、言いますと?
ネルソン:
勢いも大事なんです。日本って、ほんとにまずくてやばいところまでいったら、誰かが止めて、ちゃんとしっかり怒ってくれるんですよ。だから、失敗しても大丈夫だし、失敗を恐れないこと。日本にはそういうよさがあるんです。
少年B:
パラグアイで学んできたからこそ、そういう日本のよさにも気付いたという感じですか。
ネルソン:
そうですね。トライ&エラーじゃないけど、いろいろ試して失敗し続けてたら、そこから光が見えてくる。
失敗に対して「怖いな」って思うこともあるかもしれないけど、失敗しても死ぬことはないじゃないですか。パラグアイなら、そのまま死ぬこともあるかもしれないけど……(笑)。だから、当たって砕けての繰り返しで、とにかく試していけばいいんじゃないかな、と僕は思います。
【記事のまとめ】
- 珍しい楽器を演奏していたので人目につきやすかった
- 長期間の練習は必要だけど、集中力も大事
- ひとりでイライラしてもどうにもならなければ、周りの流れに合わせる
- 本当にやばいことをしてしまったら、「誰かが怒ってくれる」
- 失敗しても死なない。たくさん挑戦しよう
(執筆:少年B 編集:泉 撮影:じきるう)
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