若手の早期離職を防ぐには?離職率を改善するオンボーディングの極意

「……まただ。……先月入社したばかりの新人が、また一人辞めていく……」

ここは健王建材のオフィス。人事のひよ吉は、デスクの上にある退職届を虚ろな目で見つめていた。

「ウチの会社、そんなに居心地が悪い環境なのかな? どうしてみんな3ヶ月も経たずに辞めちゃうんだろう……まったく最近の若者は!」

またもや頭を抱えるひよ吉の背後から、カッカッカッと磨き上げられた革靴の底が床を踏み鳴らす、小気味よい足音が近づいてくる。

「そうやって『最近の若者は』と時代のせいにする前に、自社の現実を見つめ直してはいかがですか、ひよ吉さん」

背後から響く、冷徹なまでに本質を突く声。振り返るまでもない! 我らがミスターHRだ!

【話し手】

ミスターHR
ミスターHR

歴20年のベテラン採用コンサルタント。このたび健王建材の人事部に採用コンサルとして参画することになった。

【聞き手】

人事 ひよ吉(じんじ ひよきち)
人事 ひよ吉(じんじ ひよきち)

健王建材の総務兼人事担当。「若くてリテラシーのある人」を採れと社長に言われている。これまでの施策を惰性でなんとなくやっているが、応募数は右肩下がり。うーん、どうしたもんかしら。

若手社員がすぐ辞める!?早期離職の「真の原因」

ミスターHR:
ひよ吉さん。あなたが今見つめているその退職届、理由はなんと書かれていますか?

迷える人事:
ミスターHR! ああ、理由ですか? ええと、「一身上の都合により」とか「実家の家業を手伝うため」とか、別のやつには「キャリアアップのため」って書かれていました。

みんな仕方ない事情なんですよね。うう、僕には止めようがなくて……。

ミスターHR:
(深くため息をつく)ひよ吉さん、相変わらずおめでたい頭をしていますね。従業員が退職時に口にする理由を、文字通りに受け止めてどうするのですか。

そんなものは、波風を立てずに去るためのただの建前ですよ!

迷える人事:
ええっ!? 建前なんですか!? じゃあ、本当の理由は?

ミスターHR:
従業員が会社を辞める本当の理由は、大概の場合、人事にとって不都合なものです。「人間関係のギスギス」「評価への不満」「放置される孤独感」、そして「経営陣のマネジメントスタイルへの絶望」。さしずめこんなところですよ。

迷える人事:
うっ! そ、それを言われると耳が痛いというか……。

実は現場の先輩から『あいつ、社長の発言にずっと違和感持ってたみたいだよ』ってボソッと聞いたんです。

でも、そんな本当の理由、社長にストレートに報告できないですよ!『社長にデリカシーがないせいで若手が辞めました』なんて言ったら、僕のクビが飛びますもん!

ミスターHR:
それこそが、多くの企業が陥る罠なんです。現場や人事担当者は真実を知っているのに、経営陣の機嫌を損ねてしまう恐怖から、オブラートに包んだ報告しかできない。その結果、経営陣には「家庭の事情で……」という綺麗な嘘しか届かず、「最近の若者は!」と離職者のせいにしてしまう。

いいですか? 経営陣が「最近の若手は根性がない」「採用エージェントの質が悪い」と他責にしているうちは、離職率は1%も改善しません。

耳の痛い本音を真っ向から受け止め、組織の課題として直視できるトップの器があるかどうかが、すべてのスタートラインなのです。

入社後3ヶ月が重要!早期離職を防ぐオンボーディングとは

迷える人事:
トップの器、ですか。でも、入ってすぐに辞めちゃうのって、やっぱり原因は「ミスマッチ」な気もするんです。

だって僕たち人事は、あんなに優しく、丁寧にフォローして入社してもらったんですよ?

ミスターHR:
ひよ吉さん。まるで、「釣った魚に餌をあげない」不実なパートナーと同じ言い訳ですね。

付き合う前(内定前)は毎日のように連絡し、高級なレストランを予約して必死に口説く。ところが、ひとたび付き合った(入社した)途端、「あとはよろしく、勝手に生きてって」と放置する。そんなパートナー、3ヶ月でNOを突きつけられて当然です。

ひよ吉さん。そもそもあなたはオンボーディングをちゃんとやったんですか?

迷える人事:
オンボーディング?って何ですか?

ミスターHR:
オンボーディングとは、新入社員がいち早く職場に馴染めるよう、活躍できるようにサポートする一連の受け入れプロセスのことです。

迷える人事:
ああ〜! 今はそうやって言うんですね、難しい言葉を使うから何事かと思いましたよ。要は書類とか制服を渡して、保険の手続きとか諸々説明するってことですよね? さすがにそれはウチもやってます。

ミスターHR:
待った! 単なる手続きや数日の研修で終わるオリエンテーションとは違って、本来のオンボーディングは数ヶ月から1年ほどかけ、組織への定着と早期の戦力化まで伴走することを指すんです。書類の手続きだけであとは現場任せ、では、オンボーディングとは呼べませんよ。

迷える人事:
なんと。初日に書類を書いてもらって社内ルールを説明したら、あとは現場の部署に「よろしく!」って引き渡すのが僕の仕事かと思ってました。

ミスターHR:
(チラッと会社の駐車場を見ながら)まさかとは思いますけど、入ってきたばかりの新人を急に軽トラに詰め込んで、「あとは現場で教えてもらって、慣れていけばいいから〜」なんて放り投げてませんよね?

迷える人事:
ギクッ!

ミスターHR:
そんな引き継ぎ方、現場の従業員にとっても悪手ですよ。若手にどんな仕事をしてもらえばいいかわからず、「とりあえず荷物運びでもしといて」としか言えなくなってしまいます。そうなると新人は不安で仕方ないです。そんな状態が長く続けば、自分の存在理由を見失ってしまってもおかしくありません。

迷える人事:
うおお……反省します……目に浮かんでくるようです。

ミスターHR:
入社後3ヶ月で勝負を決めるためには、以下の3つのアプローチをハード・ソフトの両面から設計しなさい!

アプローチ 具体的な施策 期待できる効果
ハード面の設計 最初の1ヶ月は出社日を合わせ、メンターが必ず隣の席に座る 「誰に何を聞いていいか分からない」という入社直後の最大ストレスを先回りして排除する
業務アサインの設計 見学や同席ベースでも良いので、早い段階から会社のコア業務(重要な現場や会議)に同行させる 雑用ばかりで放置される疎外感をなくし、仲間として歓迎されている実感や当事者意識を醸成する
心理面の設計 会社経費で、ウェルカムランチなどを業務時間内に定期的に設定する 新人から他部署へ話しかけるハードルを下げ、自腹の飲み会による心理的負担をなくす

採用ミスマッチを減らす「フィードバックループ」

迷える人事:
なるほど。「隣の席に座る」環境づくりから、業務の関わらせ方、さらにはウェルカムランチまで、会社側が先回りして居場所を作る必要があるんですね。

ミスターHR:
その通り。これだけ手厚く進めれば、早期離職はグッと下げられるでしょう。

もし、それでも退職者が出てしまった場合。それを単なる損失で終わらせてはいけません。フィードバックループを回すのです。

迷える人事:
ふぃーどばっくるーぷ?

ミスターHR:
退職理由の本音をしっかり回収し、次の採用活動に繋げて、ミスマッチそのものを減らしていくPDCAのことです。

【1on1でのサイン検知・退職本音の回収】

【人事・現場から経営層へ「ありのまま」を共有】

【求人原稿・選考プロセスの修正】

ミスターHR:
まずは入社後、週1回〜月1回などの頻度で定期的な1on1を実施します。ここで気をつけたいのが、いち早く退職予知アラートをキャッチアップすること!

迷える人事:
退職予知アラート???

ミスターHR:
これも恋人同士のお付き合いと一緒で、心の距離は如実に態度に出るものじゃないですか。たとえば「質問から具体性が減る(自分はもうこの会社に無関係だと思っているため、抽象的なことしか聞かない)」とか、「何となくリアクションが鈍い」とか。心が離れかけているサインなので、早めに手を打ったほうがいいですね。

ミスターHR:
それでも、どうしても離職を防げなかった場合は、なぜギャップが生まれてしまったのかを徹底分析し、求人票や企業カルチャーの発信に、実態以上の嘘や誇張がなかったかを検証してください。

迷える人事:
なるほど……。そういえば、求人票には「アットホームで風通しの良い環境! 先輩がゼロから優しく教えます!」って書いたものの、今はちょっと忙しくてピリピリしてるんだよな。

ミスターHR:
それです。その小さなウソが、3ヶ月後のスピード離職を生む引き金になっている。

現実を隠して口説いても、入社した瞬間にメッキは剥がれます。

フィードバックループを回し、求人票をリアルな実態に合わせて修正していくこと。これがミスマッチを減らす唯一の方法です。

離職率の改善は「トップの器」から始まる

迷える人事:
ミスターHR。今日のお話を伺って、今まで自分が、いかに辞めていく人の表面しか見ていなかったか分かりました。次からは、退職届の理由を鵜呑みにせず、現場のリアルな声をちゃんと回収します。

……でも、やっぱり社長に本当のことを言うのは怖いです。

ミスターHR:
ひよ吉さん、そこを繋ぐのが人事であるあなたの役目です。社長に伝えるときは、こう切り出しなさい。

「社長、我が社がより良い人材を確保するために、聞いていただきたい話があります!」と。

迷える人事:
なるほど……!そのくらい真摯に切り出せば、社長も「お、おう、聞いてやるか」くらい言ってくれるかも……!?

ミスターHR:
去っていく人の本音から目を背けず、社内の受け入れ態勢を整え、採用の入り口を変えていく。

このサイクルを回す覚悟を持てたとき、健王建材の離職率は劇的に改善へと向かうはずですよ。

(執筆:北村有 取材・編集:夏野かおる)

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