産休・育休・介護の穴埋めをどうする?エース社員が不在でも回る組織づくり

健王建材のしがない人事・ひよ吉は、1通のメールを前に固まっていた。

そこに書かれていたのは、営業部のエース社員から届いた「育児休業取得」の申し出。もちろん、おめでたい話である。会社としても全力で応援したい。……したいのだが。

「うちのエース社員が育休を取ることになりまして……。いや、おめでたいんですよ!? めちゃくちゃおめでたいんですけど、この人が抜けたら仕事が回る気がしません! ど、どうしましょう!」

頭を抱え、その場をぐるぐる歩き回る、迷える人事。その背後から、カッカッカッと床を踏み鳴らす、聞き覚えのある足音が近づいてくる。

「ひよ吉さん。社員が休むたびに『仕事が回らない!』と大騒ぎしているようでは、人事として失格ですねえ」

「ミ、ミスターHR! でも本当に大変なんです! あの人しか知らない業務もあるし、取引先とのやりとりもほぼ全部任せっきりで……!」

「なるほど。だとしたら問題は、『育休で人が抜けること』ではないのかもしれませんよ?」

「えっ、どういうことですか?」

【話し手】

ミスターHR
ミスターHR

歴20年のベテラン採用コンサルタント。このたび健王建材の人事部に採用コンサルとして参画することになった。

【聞き手】

人事 ひよ吉(じんじ ひよきち)
人事 ひよ吉(じんじ ひよきち)

健王建材の総務兼人事担当。「若くてリテラシーのある人」を採れと社長に言われている。これまでの施策を惰性でなんとなくやっているが、応募数は右肩下がり。うーん、どうしたもんかしら。

なぜ一人抜けただけで、現場が回らなくなるのか?

迷える人事:
ミスターHR、聞いてください! うちのエース社員にお子さんが生まれることになったんです! いや〜、めでたい! ベビー服におもちゃにオムツに……お祝いもいっぱい用意しちゃいました。

ミスターHR:
それはおめでたいですね。社員がお子さんを授かって、新しいライフスタイルを描いていく。それを会社として応援できるのは、とても嬉しいことです。

迷える人事:
ですよね! めでたい! とってもめでたい……んですけど……。その人が抜けたら、現場が回らないかもしれません〜〜〜!!!

お子さんや家族のためにも、しっかり育児に集中してほしい気持ちは100%あるんです。でも、それはそれとして仕事どうしよう〜!

ミスターHR:
では、ひよ吉さん。ひとつ質問です。その方がいなくても業務が回る仕組みは、日頃から整っているんですよね?

迷える人事:
も、もちろんですよ。もちろん……。

ミスターHR:
目が泳いでますけど。

もし一人の社員が抜けただけで業務が止まってしまうのであれば、そもそも仕事が属人化していた可能性があります。端的に言えば、人事の管理不足ですね。

迷える人事:
ぐうの音も出ない……。

ミスターHR:
産休や育休に限った話ではありませんよ。介護でしばらく仕事を離れる人もいれば、突然体調を崩したり、怪我をしたりする人だっています。人が一時的に仕事から離れること自体は、どんな会社でも起こり得るのです。

たとえばひよ吉さん。もしあなたが突然倒れてしまったら、あなたの代わりは誰ができますか?

迷える人事:
えーっと、採用業務は僕で、人事まわりも僕で……。あらためて考えてみたら、いないかも。

ミスターHR:
では、ひよ吉さんが病気や怪我などで一時的に働けなくなった瞬間、採用や人事の仕事も止まるってことですね。

迷える人事:
こ、怖いこと言わないでくださいよ!

ミスターHR:
しかし、これがリスク管理です。大切なのは「こんなことが起きるなんて!」と慌てるのではなく、誰かが突然抜けることを、あらかじめ“想定内”にしておくことなんです。

採用しやすい職種なら、欠員が出てから補充しても間に合うかもしれません。でも、とくに資格職は、募集をかけたからといってすぐに集まるものではありません。しかも、採用難易度が高いからこそ、日頃からギリギリの人員で現場を回していることも多い。

こうした組織の脆弱性に対処せず、いざ人が抜けてから慌てて採用活動を始めるようでは、人事としては力不足。急を要するがあまり、高い紹介料を払って人材を確保することになり、経営まで圧迫しかねません。

迷える人事:
くっ……ジリ貧だ……!

ミスターHR:
だからこそ、何かが起こる前から「一人抜けても回る仕組み」を考えておくことが重要なんです。

「みんなでカバーしよう」は危険?残された社員への“しわ寄せ”を防ぐには

迷える人事:
でもでもミスターHR、今回はなんとか大丈夫そうですよ! エース社員が育休に入ることを伝えたら、みんな「僕たちでカバーしますよ!」って言ってくれて。

ミスターHR:
それは心強いですね。ただし「みんなが協力してくれるから大丈夫」で終わらせるのは危険ですよ。

助け合う気持ちはもちろん大切です。ただ、仕事を既存社員だけで分担するだけでは、一人ひとりが「自分の本来の仕事+休んだ人の仕事」を抱えることになりますよね。

最初は祝福の気持ちで乗り切れるかもしれません。でも、それが数週間、数ヶ月と続いたら?

迷える人事:
み、みんなの負担が……。

ミスターHR:
本来の仕事が圧迫されれば、残業が増えたり、仕事の質が落ちたりするかもしれない。余裕がなくなれば、「なんで自分ばかり」という不満も出てくるでしょうね。

さらに怖いのは、その影響が社内だけで終わらないことです。

本来の業務が回らなくなることで、顧客対応が遅れてクレームが発生し、その対応をしているうちに、また別の仕事が止まる……そんな悪循環にもなりかねません。

しかも負担が長期化して社員が疲弊すれば、最悪の場合は離職につながる可能性もあります。

迷える人事:
一人抜けた穴を埋めようとして、退職者が出てしまったら本末転倒だ!

ミスターHR:
だからこそ、社員の善意だけに頼らないことが重要なんです。普段からしっかり採用活動を進め、人員に余裕を持たせておくようにしましょう。

そのうえで、今いるメンバーでやりくりするなら、業務をカバーするメンバーに手当を支給する、なんていう方法もあります。

実際に、育休取得者が出た際、周囲の社員にも手当がつく制度を設けている企業があります。一部自治体でも始める動きがあるようですよ。

誰かが休めば、その仕事の一部を誰かが担うことになる。その現実を会社側も認識して、負担を引き受けてくれる社員を制度として支える必要があるということです。

迷える人事:
休む人を気持ちよく送り出すためにも、残る人をちゃんと守る必要があるんですね。

外部人材の活用が「誰が抜けても回る強い組織」を作る

ミスターHR:
そして、もうひとつ忘れてはいけないことがあります。そもそも「自分の代わりがいない」環境は、休む本人にもかなりの負担をかけますよ!

想像してみてください。「自分がいないせいで仕事が止まる」「同僚が大変な思いをする」と分かっていたら、安心して休めるでしょうか。そのせいで職場の雰囲気が悪くなるかも……と考えると、気持ちよく復職するのって難しいんじゃないでしょうか?

迷える人事:
確かに、遠慮しちゃいますね。休んでる間も「ちょっとだけメールを確認しておこうかな……」ってなっちゃいそうです。

ミスターHR:
そうでしょう。復職後も同じです。たとえば育休から復帰して、時短勤務を選んだ社員がいるとしましょう。勤務時間は短くなったのに、担当する仕事の量が以前とほとんど変わっていなかったら、どうなると思いますか?

迷える人事:
時間内に終わらない……

ミスターHR:
責任感の強い人ほど、「残った仕事は家でやろう」と考えてしまうかもしれません。子どもを寝かしつけてからPCを開いて、1〜2時間ほど仕事をする。それでは、制度上は時短勤務でも、実態としてはフルタイムに近い働き方になってしまいます。

ミスターHR:
大切なのは、その時間内で仕事が完結するように、業務そのものを組み直すことです。

「この人は仕事ができるから」「本人がやってくれるから」と、責任感や能力に甘え続けてはいけません。繰り返しになりますが、何かが起こってしまう前に、欠員が出ても業務を回せる体制を考えておくことが重要です。

なぜ突発的な産休穴埋めに「業務委託・フリーランス」が最適なのか?

迷える人事:
欠員が出たときに既存社員だけで頑張るのが、とにかく危ないことはよく分かりました。
でもでもミスターHR!正直なことを言わせてもらうと、一人抜けるたびに正社員を採用するのは、会社のお財布事情的にけっこう厳しいんです……。

ミスターHR:
それももっともですね。とくに産休・育休の場合、基本的には本人が職場へ復帰することを前提にしていますから。毎回、正社員を一人採用すると、本人が復帰したときに人員が余ってしまったり、人件費がかさんだりする可能性があります。

そんなときの解決策として、ぜひ提案したい!

迷える人事:
え、なんですか?

ミスターHR:
業務委託やフリーランスなどの外部人材の活用です。

期間がある程度決まっている欠員であれば、その期間だけ、外部人材に任せる方法があります。本人の復帰を前提として契約期間を設計できれば、復帰後に人件費が重複するリスクも抑えやすくなります。

人を一人採用するというより、今だけ人手が足りない仕事を、必要な期間だけプロにお願いすると考えると分かりやすいかもしれませんね。

迷える人事:
なるほど! じゃあ欠員が出たら、とりあえず全部フリーランスで埋めればいいってことですね!

ミスターHR:
こらこら、それは短慮ですよ、ひよ吉さん。どんな体制が適しているかは企業によって異なります。フリーランスはあくまで、複数ある選択肢のひとつです。

そもそも、職種や現場によって外部人材の活用しやすさも異なりますからね。すべての欠員にフリーランスが最適とは限らないため、正社員の採用、アルバイト・パート、人材派遣、社内での配置転換なども含め、この欠員には、どんな人材・契約形態が合っているのかを考えることが重要です。

「欠員」を想定外にしない。持続可能なチームを作るために

迷える人事:
ぶっちゃけ僕は結婚の予定もないし、あんまり自分ごととして考えられてませんでした。でも、育休・産休の話だけじゃないんだな、とあらためて思いました。

ミスターHR:
そうなんです。人が職場を離れる理由は、産休や育休だけではありません。前述したように介護や病気、そのほかの理由で退職する人もいますし、長い有給休暇を取ることだってあります。

大切なのは、欠員が発生してから対策を考え始めないことです。

属人化を減らす。業務を整理する。マニュアルや引き継ぎ体制を整える。そして、社内だけで対応できない場合に備えて、外部人材を活用する選択肢も持っておく。ひとつの方法に頼るのではなく、いくつものカードをあらかじめ用意しておくことが大切です。

迷える人事:
備えが大事ってことですよね! 正直、いろいろ考えるのは大変だけど、人事の腕の見せ所だなあ。

ミスターHR:
もちろん、仕組みを整えるには手間もコストもかかります。でも、ちゃんとメリットだってありますよ。

たとえば、自分が育休や介護で仕事を離れることになっても、会社側が嫌な顔をせず「大丈夫!」とちゃんと送り出してくれる。そんな環境なら、社員は「この先も働き続けられそうだ」と感じられますよね。

その安心感は採用にも波及します。社員自身が「うちの会社、働きやすいよ」と知人に紹介してくれるようになれば、リファラル採用にもつながります。

社員が自社を紹介することは、「良い会社だ!」と社員自身が感じている証拠。リファラルが増えれば、結果として採用コストを抑えることにもつながります。

迷える人事:
誰かが休んだときのために仕組みを整えることが、巡り巡って「ここで長く働きたい」「友達にも勧めたい」と思える会社につながるんですね。

ミスターHR:
産休・育休、介護、病気、ケガ、退職——理由は違っても、人が抜けることは、どんな組織にも起こります。

だから問うべきは、「欠員を出さないためにはどうすればいいか」ではありません。

誰かが抜けても、安心して仕事を続けられる組織をどう作るか。

欠員を“想定外”から“想定内”へ変えておくことは、休む人だけでなく、残る人も守ります。そして、その積み重ねこそが、社員が長く安心して働き続けられる、持続可能なチームにつながっていくのです。

(執筆:北村有 取材・編集:夏野かおる)

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