【人事向け】見落としやすい労務管理の落とし穴|法改正への対応と採用への影響

ここは健王建材のオフィス。しがない人事・ひよ吉は、デスク上に積み上がった書類を前に、頭を抱えていた。

「最低賃金の引き上げ、労働基準法の改正、育児・介護関連制度の変更……。えーっと、つまり僕は何から手をつければいいんだ?」

制度変更や法改正について、もちろん人事として無視するわけにはいかない。とはいえ、通常の採用業務や労務管理をこなしながら、一つひとつ変更点を追いかけるのは、少なくとも迷える人事にとって簡単なことではない。

「まあ……昔からこのやり方で問題なかったんだし。とりあえず今まで通りで大丈夫でしょ!」

そう言って、迷える人事が早すぎる昼休憩に立とうした、その瞬間。

「ひよ吉さん。あなた、会社を潰す気ですか?」

「うわっ!?」

背後から聞こえてきた声に振り返ると、そこにはいつものミスターHRが立っていた!

【話し手】

ミスターHR
ミスターHR

歴20年のベテラン採用コンサルタント。このたび健王建材の人事部に採用コンサルとして参画することになった。

【聞き手】

人事 ひよ吉(じんじ ひよきち)
人事 ひよ吉(じんじ ひよきち)

健王建材の総務兼人事担当。「若くてリテラシーのある人」を採れと社長に言われている。これまでの施策を惰性でなんとなくやっているが、応募数は右肩下がり。うーん、どうしたもんかしら。

人事が法改正に対応するための3つのステップ

迷える人事:
ミスターHR! す、すみません、正直、あまりにも変更点が多すぎて、現実から逃げようとしてしまいました。

労働基準法だけじゃなく、最低賃金や育児・介護関連の制度まで、いろいろ変わっていますよね。人事はまず、何から手をつければいいんでしょう?

ミスターHR:
ひよ吉さん、まず聞きます。厚生労働省のWebサイト、ちゃんと見ていますか?

迷える人事:
うっ。「法改正まとめ!」みたいな記事なら見てるんですけど……。

厚生労働省のWebサイト:
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/roukikaitei/index.html

迷える人事でも分かる!労働基準法改正のポイント
https://goworkship.com/magazine/labor-law-revision-2026/

ミスターHR:
もちろん、そうした解説記事から情報を得るのも悪くありません。ただ、人事である以上、まず確認してほしいのは厚生労働省が発信する一次情報です。

厚生労働省のWebサイトを見ると、どのような制度がいつから変わるのか、PDFやリーフレットなどで整理されています。法改正があったときだけ慌てて検索して調べるのではなく、普段から公式情報に触れる習慣をつけておくことが大切です。

迷える人事:
なるほど、基本中の基本ですね。とりあえず厚労省の資料を読んでおけばOK、と!

ミスターHR:
いやいや、読むだけで満足しないでくださいよ?

大切なのは、法改正の内容と、自社の現在の運用を照らし合わせることです。「これはすでに対応できている」「ここはまだできていない」と、変更すべきポイントを一つずつ洗い出して、差分を埋めていかなければいけません。

中小企業だからユルくてOK! なんて理屈は通用しませんよ。まずは、次のようなポイントをチェックしてみてください。

<最低限ここから始める!労務管理チェックリスト>

  • 厚生労働省などの一次情報を継続的に確認する
  • 法改正の内容と自社の労働条件/社内制度にギャップがないか定期的にチェックする
  • 給与計算システム、求人媒体、自社採用サイトなどの情報を横断的に確認する

ミスターHR:
法律や行政資料を読んでも「実際に社内ではどう周知すればいい?」「就業規則にはどう反映する?」など、実務上の判断に迷うケースもあります。そういうときは、社会保険労務士などの専門家に相談するのも一つの方法です。

さらに、たとえば最低賃金が変われば、既存社員の給与や給与計算にも影響する可能性があります。そのときには財務など、ほかの部署との連携も必要になるでしょう。

つまり、わからない部分は専門家の力を借りながら、変更があったら確認し、必要な部署と連携して対応する仕組みをつくっておくのが大事なのです。

迷える人事:
なんでも一人で抱え込まないで、ちゃんと周りに相談しながら進めなさいよ! ってことですね。う〜〜、忙しくなりそうだなあ……。

ミスターHR:
それと最新の労働基準法について言えば、「先回り」での対応も義務化されているので、要注意ですよ。

迷える人事:
え、先回り?

ミスターHR:
たとえば、育児・介護休業法の改正に伴う「介護離職防止のための個別の周知・意向確認等」を見てみましょう。

「介護離職の防止」には対応できていますか?
労働者が介護に直面する前の早い段階で制度への理解を深められるよう、事業主には、労働者が40歳になる年度などのタイミングで、介護休業制度や介護両立支援制度、相談・申出先などについて情報提供することが義務づけられています。

ポイントは、社員から「親の介護が必要になりました」と相談されてから説明するのではなく、会社側から先回りして情報を届ける必要があること。介護休業の取得等を控えさせるような情報提供も認められていません。

迷える人事:
「こういう制度がありますので、必要になったら聞いてくださいね〜」じゃダメってことですか。

ミスターHR:
そういうことです。法改正の把握を疎かにして「社員からの相談はないし、問題なし!」と思っていたら、実は違法状態……なんてことも起こり得ます。

だから人事に必要なのは、問題が起きる前に先んじて対応する姿勢なんです。実際にトラブルが起きてから「そんなルールがあったんですか!」では遅いですからね。

いったん、ここまでの話を整理しましょう。労働基準法改正への対応は、

  1. 人事が一次情報を確認、内容を理解する
  2. 自社の状況と照らし合わせ、できていること/できていないことを把握する
  3. 判断に迷う部分があったら専門家に相談する

この順番で進めることが大切です。

迷える人事:
よーし! まずは厚労省のWebサイトをブックマークするところから始めます!

「昔から」が一番危ない。見落としやすい労務管理の落とし穴

迷える人事:
法改正の内容を確認したうえで、さっそく、まずは健王建材の給与をチェックしてみたんですけど。うちは「日給1万円」にしてます。最低賃金もちゃんとクリアしていますし、相場を考えると悪くない条件ですよね? 給与については問題ないかな〜と思うんですけど。

ミスターHR:
ひよ吉さん、その「最低賃金はクリアしてるし、大丈夫!」という安心感が、罠ですよ。

迷える人事:
えっ!? どういうことですか?

ミスターHR:
たとえば東京都で、1日8時間勤務、日給1万円としましょう。時給換算すると1,250円ですよね。最低賃金が1,216円なら、今回の時点では基準を上回っていることになります。

しかし、仮に最低賃金が50円引き上げられて、1,266円になったらどうなりますか?

1日8時間働く場合、最低でも日給10,128円になります。油断していると、最低賃金の改定によって、気づかないうちに給与が下回ってしまう可能性があるんです。

迷える人事:
たった50円上がっただけで! 「1万円」ってキリもいいし、なんとなく余裕がある気がしてました。

ミスターHR:
近年の傾向として、最低賃金は毎年改定されています。月給や日給で給与を設定している場合も、必ず時給換算して最新の最低賃金を下回っていないか確認してください。

実際に製造業などでは、昔から使っている給与設定をそのまま引き継いだ結果、最低賃金の上昇に追いついていないケースが多々あります。人事が忙しく、細かな更新まで手が回らない会社だと、違法状態を見落としてしまうこともあるんです。

迷える人事:
それはさすがにまずいですね…でも僕は大丈夫ですよ!いくら忙しくっても、最低賃金が変わったら求人票の給与は更新します。さすがにそこは忘れません!

ミスターHR:
では、自社の採用サイトは?

迷える人事:
……あ。

ミスターHR:
ハローワークなどに掲載している求人情報は更新していても、自社採用サイトに昔の給与表記が残ったままというケースもあります。給与計算ソフトなどのシステムを利用している場合も、改定後の金額が正しく反映されているか確認したほうがいいですね。

落とし穴は最低賃金だけではありませんよ。どこからどこまでを労働時間として扱っているか、その業務範囲についても確認しておきたいところです。

たとえば製造業や建設業などでは、制服や作業着への着替え、業務開始前の準備などが発生するケースが多いですよね。しかし、そもそも始業前の着替えや準備の時間などは、労働時間に含めなければいけません。

迷える人事:
「昔からみんな20分前に来て準備してるし、それが普通だから」で済ませちゃダメってことですね。

ミスターHR:
さらに厄介なのが、管理者の知らないところで発生しているサービス残業です。

なんとなく、無言の圧で残業が常態化している、なんて場合は要注意。長時間労働も含め、会社として労働時間をきちんと管理することが重要です。

迷える人事:
ミスターHR、僕なんだか怖くなってきました。法律を破ろうと思っていなくても、昔からの慣習を放置しているだけで問題が生まれる可能性があるんですね。

ミスターHR:
そうです。人事は、最低賃金が改定されたら給与だけを見るのではなく、求人票、自社採用サイト、給与計算システム、労働時間の管理方法まで一連の運用を見直さなければなりません。それを見越して、定期的にチェックする仕組みをつくっておくことが大切です。

労務コンプライアンスが採用に与える影響

迷える人事:
最低賃金や労働時間についてきちんと対応するのは、もちろん大事だってわかっているんですけど。これって、採用にはどのくらい影響するんですか?

ミスターHR:
結論から言うと、切っても切り離せないほど、関係大アリですよ。むしろ今は、きちんとコンプライアンスを守れているかが、求職者から企業を選んでもらうための最低条件です。求職者が企業を見る目は、以前よりずっと厳しくなっていますからね。

そもそも今は、求人票や採用サイトだけを見て応募先を決める時代ではありません。企業名を検索して口コミサイトを確認したり、SNSで評判を調べたりする人もいます。

そこで「残業代がきちんと支払われない」「求人票に書かれていた条件と実態が違う」なんて情報が出てきたら、どう思います?

迷える人事:
確かに。シンプルに不安になるというか、印象最悪ですよね。

ミスターHR:
SNSが普及したことで、企業内部の問題は以前より可視化されやすくなりました。ひとたび問題が表面化すれば、そこで働いている社員だけでなく、未来の応募者からの信用まで失います。

それに加えて「法律に違反していなければOK」という発想だけでは、これからの採用は乗り切れません。

迷える人事:
えっ、コンプラを守るだけじゃ足りないってことですか?

ミスターHR:
法令遵守はあくまでスタートライン。そのうえで、労働時間を適正に管理する、休暇を取得しやすくする、育児や介護と仕事を両立できる制度を整える。ここまでやって、初めて「人事」の仕事です。

さらに言えば、そうした取り組みを求職者にもわかる形で伝えていくことが大切です。法令遵守の一歩先まで考えられる企業ほど、採用でも強くなっていきます。

今の時代、条件面だけで他社との差をつけるのには限界があります。その一方で、働く環境への安心感や企業としての誠実さは、求職者への直接的なアピールにつながります。

迷える人事:
なおのこと、なあなあで違法状態を放置している場合じゃないですね!

ミスターHR:
法改正のたびに自社の制度や運用を点検し、必要であれば法律で求められている水準より一歩踏み込んで、従業員が働きやすい環境をつくっていく。

これからの人事には、コンプライアンス対応を、採用競争力を高める「攻め」の取り組みとして捉える姿勢が求められるのです。

法改正に振り回されない労務管理体制のつくり方

迷える人事:
いろいろ怖い話を聞いてきましたけど、少なくともうちはホワイトな会社です! これだけは言わせてください、さすがに違法状態ではないと!

ミスターHR:
それはよかった。ただ、ひとたび労働環境に問題が生じると、そこから立て直すのは本当に大変ですよ〜。黒を白に戻すには相当な労力が必要ということです。

迷える人事:
そうなんですか? 問題が見つかったら、その都度直せばいいのでは?

ミスターHR:
話はそう簡単ではありません。たとえば、長時間労働を前提に業務量や納期が組まれている会社で、いきなり「明日から残業禁止!」と言っても、仕事そのものが減らなければ現場は回りませんよね。

だからこそ、最初から適正な労働時間や人員配置で仕事が回る仕組みをつくっておくことが大切です。

迷える人事:
普段から問題の起こりにくい状態にしておく、ってことですね。

ミスターHR:
その通り! そして、これは人事だけではなく、経営者や管理職が一丸とならないと、なかなか変わらない点でもあります。

法律も働く人の価値観も、変わっていくもの。だからこそ、会社全体でコンプライアンスへの認識をそろえていくことが重要です。「昔はこうだった」ではなく、「今はどうあるべきか」を基準にする。その積み重ねが、法改正のたびに振り回されない会社づくりにつながります。

迷える人事:
法改正の情報を人事だけで抱え込まず、「会社としてどう対応するか」をみんなで共有していく必要があるんですね。

従業員と求職者から選ばれる会社をつくるには

ミスターHR:
ひよ吉さん、最後に大切なことを繰り返します。法律を守るのは、あくまで最低ライン。人事の仕事は、もう一歩先を見据えることです。

どうすれば従業員が気持ちよく、高いパフォーマンスを発揮できるか。法律を守っているかどうかだけで組織をつくるのではなく、働く人を中心に制度や環境を考えることが大切なんです。

今いる社員が「この会社なら安心して働き続けられる」と思えること。新しく入ってきた社員にも「ここで頑張りたい」と感じてもらえること。制度だけでなく、そうした従業員の感情まで設計する意識を持ってほしいですね。

迷える人事:
確かに、「法律は守ってるし、これくらいは我慢してね」と言われる会社より、「どうしたら働きやすい?」と考えてくれる会社のほうが、長くいたくなりますね。

ミスターHR:
働く人を大切にする環境ができれば、定着率の向上にもつながります。それが社外にも伝われば、この会社で働いてみたいと思う人も増えていく。結果として、募集にかかる費用も節約できるわけですよ。

迷える人事:
コスト面でのメリットもあるってことか。コンプライアンスって、「守らなきゃ怒られるもの」くらいに思っていましたけど、会社にとってもちゃんとメリットがあるんですね。

ミスターHR:
大切なのは、法律をゴールではなく、より良い会社をつくるための土台として捉えることです。

法律を守る。その一歩先に、働く人が力を発揮できる環境をつくる。そんな積み重ねこそが、社員にも求職者にも「この会社で働きたい」と思ってもらえる組織への近道なのかもしれません。

(執筆:北村有 取材・編集:夏野かおる)

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